トランスレーター

ローカライズ部
シニアトランスレーター
井上ダニエル

言葉を翻訳するだけでは、仕事をしたことにはならない。

日本のゲームを海外に展開する際に、そこに関わる言葉のすべてを引き受けるのがトランスレーターです。日本語のテキストを文字通りに訳すではなく、海外のユーザーを第一に考え、心に響く形まで落とし込んで翻訳をしていくことが大切です。

例えば、日本語の表現には「…」というものがよく出てくると思います。キャラクターの想いをあえて表に出さず、ユーザーにその想いを察してもらう風習があると思います。ただし、これをそのまま「…」に翻訳すると、多くの海外のユーザーにその想いが伝わりません。欧米の脚本では、意図を言葉で表現する習慣があります。キャラクターボイスにおいても、「…」で終わるセリフは演技のインパクトが薄くなってしまうので、文章はなるべくピリオッドで締めるようにします。そういった言語や文化の違いをトランスレ―ターは理解したうえで、適した表現に翻訳していかなければなりません。

テキストの翻訳だけではなく、ゲーム内の背景グラフィックに不自然な言葉が使われているときやキャラクターの仕草が海外のユーザーには伝わりにくいときに、そういった部分もトランスレーターが拾いあげコーディネーターとともに開発側と調整していきます。日本では「ごめんね」のジェスチャーをする際、片手で拝みますよね。そんな動きがあったとしたら、海外のユーザーは「どうしてここでカラテチョップが?」となってしまいますから(笑)。その他にも海外版の音声収録にも立ち会いますし、ときには宣伝コピーを考えることもあります。言葉の翻訳ではなく、海外のユーザーに向けて発信するすべてのコンテンツに関わることが、トランスレーターに求められている役割なのです。

仕事の進め方はアサインされるプロジェクトによって違いますが、最初から海外の市場を意識したタイトルであれば、仕様の相談からされることもあります。複数の地域に同時に展開しているオンラインタイトルであれば、英語、ドイツ語、フランス語など各言語に数人のトランスレーターが配置されて進めていきますし、モバイルタイトルであれば専任ではなく兼任で1人が担当となる場合もありますね。チームで仕事をすることも、1人で仕事をすることもできますが、いずれにせよ外国語だけはなく日本語に精通したコミュニケーション能力が必要です。

海外ユーザーの一番の理解者となる。

私は大学で日本語を学んで大阪に留学したのちに、日本の企業やニューヨークのローカライズ・エージェンシーなどに在籍していました。スクウェア・エニックスには2005年に入社しましたが、きっかけは私の知り合いが入社したことでした。子供のころからゲームが好きで、日本のゲームも数多くプレイしていましたが、それまでは働く場所になるということを意識したことがなかったのです。私はデザインもプログラミングもできませんでしたが、トランスレーターの募集があることを知り応募することにしたのです。トランスレーターは自身の知識を活かして仕事をしているというやりがいが大きく、毎日がとても充実しています。

最初のころは日本語をできるだけ忠実に翻訳するような仕事をしていました。それこそ法廷で使う資料のように一言一句、的確に。ただ、ゲームはユーザーとのインタラクションがあるものですから、それでは海外のユーザーには面白さが伝わらないということに気づきました。トランスレーターにはファミリアライズがとても重要で、ゲーム体験と海外ユーザーを理解するための努力を常に続けなければなりません。

海外ユーザーに表現の不足を指摘されたときに、「元の日本語がそうだから」という理由はなんの言い訳にもならないのです。日本語の表現をそのまま直訳すれば、元々のよさが劣化してしまう。それを私というレンズを通すことで補完し、元の意図がきれいに映るようにする。結果、「セリフがよかった」、「このシーンがよかった」というポジティブなユーザーの評価を目にしたときには本当に嬉しい気持ちになります。

トランスレーターの重要性は高まっていく。

日本のゲーム開発において、海外市場はもう無視できない存在です。ローカライズの価値は今後ますます上がっていくと思います。実際、今までは完成した国内版を後追いでローカライズすることが多かったのですが、開発と同時に進めるというケースも増えてきています。その分、より柔軟で多様な働き方が求められると思います。例えば海外を意識したプロジェクトでは市場のリサーチなども含めて、トランスレーターが同行することもあります。私もデンマーク、ロンドン、ロサンゼルスなどの支社や、世界のゲームショーに同行するなど、リサーチのために海外を飛び回りました。現地ではユーザーがゲームで遊んでいる様子を見て、本当に感動したことを覚えています。

トランスレーターの仕事は日本文化が好きで、ゲームの面白さを伝えたいという情熱がなければ始まりません。その上で、こだわりだけではなく協調性を持つことが大切です。ローカライズは理想を追うアートではなく、作品を作り上げていくクラフトです。限られた予算やスケジュールのなかで、自分の満足ではなく海外ユーザーの体験を第一に考えて全力で仕事に取り組む。そのための努力を惜しまない人であれば、きっといい仕事ができると思います。