DRAG-ON DRAGOON 3

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ゼロ ── 終わりの雨と始まりの花 著者 映島 巡

 雨の日は、いつも最悪だった。
 しつこいほどに降り続く雨をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えた。不意に笑いが込み上げてくる。
 だったら、晴れた日が最悪じゃなかったとでも?
「どうした…の……?」
 傍(かたわ)らから問う声があった。雨の音に容易(たやす)くかき消されてしまうほど、か細い声だった。何が、と訊き返して少しだけ後悔した。質問を質問で返してくる人間が私は嫌いだった。そんなヤツは二度と口が利けないようにしてやった。いつも。
「だって、あなた……泣いてる」
「キミの勘違いだ。笑ってたんだ、私は」
 無理もない。彼女には私がどんな顔をしているのか、わからないのだ。彼女は視力を失っていた。両の瞼(まぶた)をこじ開けられて、眼球に針を突き立てられたのだという。しかも、彼女に対して行われた拷問(ごうもん)はそれだけではなかった。手のひらと足の裏は何度も焼き鏝(ごて)を当てられたせいですでに腐臭を放っていたし、四肢(しし)の関節はどれも破壊されていて寝返りすら打てない。

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 年端(としは)の行かない少女に惨(むご)いことをする、とは言わない。領主なんてそんなものだし、だからこそ彼女と彼女の仲間たちは蜂起しようとしたのだろう。愚かしくも。
 そう、愚かだ。蜂起するどころか、武器を手に取ることすらできずに事は露見した。仲間の密告によって。他人なんて信用するからだ。裏切らない人間なんているわけがない。
 首謀者であった五人が捕らえられ、拷問にかけられた。企ての全容と加担した者たちの名を言えば解放してやると言われたらしいが、もちろん、嘘っぱちだった。騙(だま)される人間というのは何度でも騙される。
 もっとも、すぐに白状した者も、彼女のように頑として口を割らなかった者も、ぼろ布のようにずたずたにされて、こうして石畳(いしだたみ)の広場に転がされている。騙されようが騙されまいが、結果は同じだったわけだ。領主の彼らに対する扱いは、公正とは言い難いものの公平だった。
 ひとつだけ、公平でないことがあるとすれば、民を虐(しいた)げる領主を討とうとしたご立派な五人と、ケチな人殺しの私とがこうして並べて鎖に繋がれていることだろうか。これはどう考えても理に適(かな)っていない。

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 私は彼らと違って、拷問にかけられることもなかった。ご大層な計画もなければ、仲間なんて一人もいなかったから。白状することなど何もなかったおかげで、骨を砕かれたり、爪を剥(は)がされたりすることもなかった。ただ、背中の皮が跡形もなくなるくらい、鞭(むち)で打たれただけで。
 背中一面に火の手が上がったかのような痛みも今は消えていた。何の感覚もなかった。冷たい雨に打たれているというのに寒さも感じない。もうすぐ死ぬからだとわかっていても、それはひどく奇妙だった。
「ろくでもない人生だったな……」
 笑いが止まらない。最良の日なんて一日たりともなかった。雨の日も晴れの日も最悪だった。物心ついたときから、いや、生まれ落ちたその瞬間から最悪だったに違いなかった。
 一番古い記憶は母親の怒鳴り声で、その後も殴られた覚えしかない。満足に食べさせてもらっていたかどうかも怪しい。言葉を覚えるより先に、私は食べ物をかすめ取ることを覚えていたからだ。きちんと食事を与えられていたならば、盗む必要などなかっただろう。
 私の母親が特段にひどい女だったわけじゃない。温かい食事と寝床を用意してもらえる子供など、幸運な一握りだ。どこぞの貴族様のお家にでも生まれなければ、そんな生活は望むべくもない。何かの間違いで生まれてきて、厄介者(やっかいもの)扱いされながら育ち、真っ当じゃない大人になって、考えなしに子を孕(はら)む。ほとんどの女がそんなものだろう。私の母親は自分が育てられたのと同じやり方で私を育てたに過ぎない。

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 曲がりなりにも男の相手ができる年齢になると、当然のように母親は私を売り飛ばした。後になって振り返れば、情けなくなるほどの端金(はしたがね)で。行き先はお決まりの淫売宿(いんばいやど)。母親とよく似た女たちがしみったれた男たちの相手をしていた。
 年上の女ばかりではなくて、私と同じくらいの少女たちもいた。そのうちの一人と私は仲良くなった。彼女は私を「薄紅(うすべに)」と呼び、それで私は自分の瞳の色を知った。私がそう言うと、彼女は「鏡を見たことがないの?」と呆れた。そのとおりだった。私は自分の顔に興味などなかった。
 私は彼女を「紫紺(しこん)」と呼ぶことにした。自分の顔はどうでもよかったが、彼女の瞳の色は綺麗だと思った。薄紅と紫紺。それが私たち二人の間だけの呼び名だった。
 あるとき、紫紺が「金を盗んで逃げよう」と言い出した。二人でなら、何でもできそうな気がしたから、私はうなずいた。どこへ逃げるとか、逃げた後どうするとか、そこまでは考えなかった。
 この企ては思いのほかうまくいき、私たちは持てるだけの金を持って、町の外に出て橋を渡り、川向こうまで逃げた。そこでは、男が馬を用意して待っていた。男の顔には見覚えがあった。紫紺にご執心だった客だ。なるほど、紫紺が「川向こうまで逃げれば、あとは何とかなる」と言っていたのはこういう理由だったのかと納得した。

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 てっきり私も連れて行ってくれるのだと思っていたが、それはとんでもない勘違いだった。最初から、二人は私を殺すつもりだったのだ。紫紺一人では運べる金も限られているから、私にも声をかけた。それだけのこと。
「悪く思わないでね、薄紅」
 そう言って紫紺はにっこりと笑った。いつもと変わらない微笑みだった。ああそうか、この笑顔の下で紫紺は私を殺す算段を付けていたのだと、ようやく気づいた。
 そのとき、追っ手がやって来なかったら確実に私の命はそこまでだった。二人はあわてて逃げ出し、私は捕らえられた。
 紫紺を恨む気持ちはなかった。自分自身の間抜けさ加減に腹が立った。なぜ、他人の言葉など信用したのか。騙された私のほうが悪いに決まってる。やりようによっては、川向こうで死んだのは紫紺とあの男で、逃げ延びたのは私のほうだったかもしれないのに。次はうまくやらなければ、と私は思った。
 その機会が訪れたのは、幾月か後のことだった。金を持ち逃げするのはうまくやった。たぶん、紫紺よりもずっと。追っ手がかからないように、女衒(ぜげん)も下働きの連中も女たちも皆殺しにしたのだ。難しくはなかった。皆が寝静まった頃を見計らって、一人ずつ殺せばよかった。

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 真っ先に女衒を殺し、次に殺したのは荒事のために雇われている男たちだった。酒樽に毒を投げ込んでおいたおかげで、男たちは半分死んだようになっていた。非力な私であっても、動かない男に止めを刺すくらい造作もない。
 男たちを片づけてしまえば、残りはあっという間だった。女は血の匂いに鈍感だ。寝ている真横で夥(おびただ)しい血が流れたからといって、それで目を覚ます女はいない。誰もが悲鳴ひとつ上げずに死んだ。
 持てるだけの金を持って、夜明け前に私は町を出た。もちろん、追っ手は来なかった。が、追っ手よりも厄介(やっかい)なものが出た。野盗だ。連中はいともあっさりと私を捕らえ、持っていた金を大喜びで奪い取った。命までは奪われずに済んだとはいえ、またしても「うまくやれなかった」ことが悔しかった。
 売り飛ばされて娼婦(しょうふ)に逆戻りする前に、どうにか連中の隙を見て逃げ出した。今度は金を持ち出す余裕などなかった。いや、下手に金など持ち歩かないほうがいいと考えた。持っていれば奪われる。必要な品は購(あがな)うのではなく、盗めばいい。何も持たずにいれば、誰も私から奪えない。
 ただひとつ、奪われるものがあるとすれば私自身だ。母親が私を売ったように、野盗の頭が私を売ろうとしたように、女である以上、常に略奪の対象となる。こればかりはどうしようもなかった。置いていくことも捨てることもできないのだから。

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 紫紺のように男を作って自分を守らせるという選択肢もなかったわけではない。が、他人は嘘をつく。他人は裏切る。だったら、守ってもらえなくてもいい。自分の身は自分で守る。
 いや、たった一度だけ、一人だけ、共に暮らした男がいた。あの薄汚れた淫売宿の客と再会したのだ。遠い遠い、見知らぬ町で。男は私の顔を覚えていて、私も男の顔を覚えていた。早く殺さなければ、と思った。女衒も女たちも皆殺しにされたはずなのに、私一人が生きているということの意味がわからないほど、頭の悪い男ではなかったからだ。
 なのに、なんとなく殺せなかった。見知らぬ町の片隅で、私はその男と暮らした。頭の悪い男ではなかったが、もちろん真っ当な人間でもなかった。男は錠前破りを得意とする泥棒だった。二人で荒稼ぎをしては面白可笑しく日々を過ごした。こんな暮らしも悪くないか、と私は男への殺意を捨てた。
 その暮らしも長くは続かなかった。病に罹(かか)ったのだ。ゆっくりと、しかし確実に身の内を蝕(むしば)み、決して治ることはないという死病。しかも、人から人へと感染(うつ)るという。
 死病を恐れた男は私を捨てた。気持ちはわからないでもないから、それだけなら私は男が去るに任せただろう。だが、それだけではなかった。男は私を役人に売ろうとした。あの淫売宿に押し入った「賊」には賞金が掛けられていたらしい。

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 バカな男だ。私は病に罹っていることが判明したばかり、まだまだ症状は軽いものだった。寝起きがひどく悪かったり、夕刻になると寒気がしたり、思い出したように嫌な咳が出たり……。その程度だったから、人を殺すのに何ら支障はなかった。
 寝入ったところを見計らって捕縛しようとした男を返り討ちにするのは容易かった。病のせいで眠りは浅く、何より私は殺気というものに過敏なたちだった。考えるよりも早く、私は男の首を掻(か)き切っていた。何が起きたのかわからない、という顔をして男は死んだ。
 そのときになって、男に気を許していなかった自分に気づいた。寝食(しんしょく)を共にする日々を重ねて、殺意を捨てたつもりでいたけれども、そうではなかった。いつでも手の届くところに刃物を隠していたのだから。
 こうして、また私は一人になった。食べ物や衣服を手っ取り早く盗みながら、当てもなく旅を続けた。話に聞いたとおり、病の進行は遅く、旅も略奪も殺人も十分に可能だった。盗んだ品の持ち主はその場で殺した。女であろうと、年寄りであろうと。
「食べ物もお金も差し上げます。だから、殺さないで。助けて……」
 何度もそんな言葉で命乞(いのちご)いをされた。不思議だ。殺されそうになったとき、誰もが同じ表情を浮かべる。私もこんな目で紫紺を見ていたのだろうか。いや、私は命乞いなんてしなかった。

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「もしも助けたとしたら? キミたちは間違いなく私を恨む。いつか私を殺そうとする」
「そんなことない……」
「はずないじゃないか。目の前で母親を殺されてるんだ」
 それも、私の母親のような女じゃない。きっといい母親だったのだろう。身を挺(てい)して娘たちを守ろうとしたのだから。
「悪く思わないでね、なんて身勝手なことは言わない」
 そして、私は身を寄せ合って震えている姉妹を殺した。命を奪う瞬間には恨まれ、憎まれたに違いないが、これで復讐の刃を向けてくる人間はいなくなった。
 中には、命乞いをしなかった者もいた。私よりいくつか年下の少女だった。瞳に怒りを滾(たぎ)らせて、彼女は私に食ってかかった。
「どうして!?  どうして、こんなことするの!?」
「腹が減ったから、かな」
「ふざけないで!」
「ふざけてなんかないよ。私は死にそうなくらい空腹で、なのに食い物を買う金がない」
「だったら、こんなことしなくても!」

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 彼女の目の前には父親と兄の死体が転がっていた。少し離れたところに料理人と思(おぼ)しき女の死体も。手の掛かる者から先に片づける。結果、最後に残るのはいつも子供か年寄りになる。
「お金だけ取って逃げればいいじゃない!」
「ああ。うん、そうだね。以前は自分を恨む人間を増やしたくないって思ってたけど、そういう問題でもないような気がしてきた。どうしてだろう?」
 疑問を呈しつつも、私は少女の首を刎(は)ねた。息絶えた後も彼女は目を見開いていた。その両眼に怒りの色を残したまま。
「どうして? 訊きたいのは私も同じだ」
 少女の視線を背中に感じながら、私はテーブルからパンを取った。ひどく空腹だったのは嘘ではない。だから、この家に押し入った。裕福そうな家で、しかも食事時だったから、すぐに空腹を満たせるだろうと踏んだ。それだけの理由だ。でも。
「どうしてだろうな」
 皿の料理を手づかみで食べ、水差しから直接水を飲んだ。この家の料理人は腕がいい。
「なぜ、私は殺すんだろう? これだけ殺してきたのに、わからない」
 床に転がった少女の首に話しかける。自分が殺してきた人数などいちいち覚えていない。数えるつもりもなかった。とにかく数え切れないほど殺した。それだけの命を奪ってきたのに、こんな単純な問いにさえ答えられない。

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 なぜ殺すのか? なぜ?
「もしかしたら、それが知りたくて殺しているのかもしれないな」
 その答えに全く納得した様子もなく、少女の両眼は私を睨(にら)んでいた。
 その後も私は同じ暮らしを続けた。いつしか、理由や答えを探すこともなくなった。あたかも呼吸をするかのように奪い、殺した。
 ただ、殺した人数がおそらく三桁(さんけた)を超えた頃から、私の存在は人々の知るところとなっていった。押し入った家の者は皆殺しにしていたから、何の痕跡(こんせき)も残っていないはずだったにも拘(かか)わらず。まあ、隠す気もなかったから、誰かに姿を見られていたのだろう。
 子供や年寄りに至るまで容赦(ようしゃ)なく殺しているのが若い女で、それも一人きりだということがわかってしまうと、そこから先は早かった。たちまち私の人相書きが出回った。旅の商人たちが噂を広め、どこの町でもどこの国でも人々は「薄紅色の目をした魔女」を捜した。捕らえれば遊んで暮らせるほどの賞金、情報だけでもそれなりの報奨(ほうしょう)が約束されていたからだ。
 そして、私は捕らえられた。病で動けずにいるところを囲まれたのだ。その頃にはさすがに病状は重篤(じゅうとく)になっていて、逃げるどころか、抵抗することもできなかった。仰々(ぎょうぎょう)しく武装した兵士たちが大げさに喚(わめ)きながら、私の手足に縄を掛けた。

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 どうせ病で死ぬほうが先だろうという読みは外れ、私は刑場に引き出された。殺した人数と同じ数の鞭打ちというのが私に下された刑罰だった。我ながらしぶといもので、背中の皮がずたずたになり、肉が裂けるまで鞭で打たれても死ななかった。
 もっとも、「殺した人数」が正確なものだったら、私は死んでいただろう。実際の数よりもずいぶん少なく見積もられていたせいで、死に至る前に刑は終わった。
 もちろん、それで許されるはずもなく、私は鎖で繋(つな)がれ、広場に放置された。五人の謀反人(むほんにん)たちと共に。私の隣に繋がれていたのが、例の年端(としは)の行かない少女だった。他の者たちが呻(うめ)き声すらたてられずにいる中、彼女だけは毅然(きぜん)とした口調で「私たちは間違っていない」と繰り返していた。
 その声も次第に弱々しくなっていった。ここに引き出されたとき、彼女は誰よりも衰弱していた。気力だけで命を長らえているのは明らかだった。
 相手が視力を失っているのをいいことに、私は無遠慮に傍らの少女を眺め回していたのだ。正義感が強くて、生真面目な、凡(おおよ)そ私とは正反対の少女。こんな場所で隣り合っているのが不思議に思えてならなかった。

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 やがて彼女は私に名を尋ねた。私がうっかり咳(せ)き込んでしまったせいだ。この病特有の嫌な音の咳だったから、彼女は隣にいるのが仲間ではないと気づいたのだろう。
「あなたは誰? 名前は?」
 名前なんてない、と私は答えた。私には何もない。金もなければ家もない。家族も友人も恋人も。何ひとつ、ない。見事なまでに何ひとつ。残っているのはこの命だけだが、もうすぐそれも消えてなくなる。何もかも。差し引きゼロだ。くだらない。
 そうだ、くだらない一生だった。生きてきた意味なんて何もない、空っぽの日々。振り返ってみればバカバカしくて、笑いが止まらない。
 泣かないで、とまた声がした。
「笑っ……てる、んだ」
 まともに息ができないせいで、しゃくりあげているようにしか聞こえないのだろう。次の瞬間に呼吸が止まっても不思議はないな、と思う。
「ほんとに?」
「ああ」
 安堵(あんど)したような吐息が聞こえた。いつしか雨は小降りになっていた。次の瞬間、彼女の体が痙攣(けいれん)した。それはほんのつかの間のことで、すぐに動かなくなった。

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「おい……」
 答えはなかった。
「私が最後の一人、か」
 最後の一人だけは、残り五人の死体と共に生きたまま焼かれることになっていた。それを聞かされたとき、一人はその場で舌を噛み切った。広場に引き出された時点でもう一人死んだ。雨が降り出す前にまた一人が死に、土砂降り雨の中でさらに一人が死んで、私と少女の二人が残った。
 この雨で火炙(ひあぶ)りは無理だろうから、私は五人の死体と共に生き埋めにでもされるのだろう。それが彼女でなかっただけ、良しとすべきなのかもしれない。最後の最後まで他人を気遣った少女が一番惨い死に方をするなんて、間違っている。
 間違っている? 何が? 誰が?
 私たちは間違っていない、という少女の声が耳に蘇(よみがえ)った。そう、彼女は間違ってなんかいなかった。間違っているとしたら、この世界のほう。人を人とも思わない領主がいて、平気な顔で人殺しができる私がいて、弱い者たちのために立ち上がった人々が虫けらのように殺される、この世界。
 こんなの、おかしいじゃないか。道理に合わないじゃないか!
 唐突に怒りが湧(わ)いた。いや、唐突にではなく、私はずっと怒っていたのだ。自分では気づかなかったけれども、怒っていた。私はこの世界を憎んでいて、呪っていた。もう思い出せないほど遠い昔から。

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 叫びが喉を震わせたように感じた。ごぼり、と生温かいものが口からこぼれた。私が吐いたのは絶叫ではなく血だった。このクソッタレな世界に私は殺されようとしている。許せない。許すもんか。おまえが死ね! おまえたちのほうが死んでしまえ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね……!
 気がつくと、目の前に花があった。私と少女の骸(むくろ)の間に、薄紅色の花が咲いている。
 いつの間に? こんなところに花なんて咲いていたっけ?
 花が雨に打たれて揺れている。全く知らない花なのに、どこかで見たような気もする。自分の瞳とよく似た色だから、そんなふうに感じるのかもしれない。それとも、これは天国に咲くという花で、もしかして、私はもう死んでいたりするんだろうか?
 違う。私が死んでも天国になんて行けるはずがない。死にかけているせいで、私は幻覚を見ているに違いなかった。
 幻覚でもいい。もっと間近に見たい。この手で触れたい。花を贈られたことなんて一度もないし、花を欲しいと思ったこともないけれども、この花は好きだ。
 視線ごと絡め取られる気がした。瞼を閉じることすらできず、私はただただ花を見つめる。なんて綺麗なんだろう……。ろくでもない人生だったけれども、こんな花を見ながら終わるのならば、悪くない。
 視界いっぱいに咲く花へと、私は静かに微笑んだ。

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