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LORD of VERMILION IV小説 LORD of VERMILION IV‐ O Brave New World ‐

write : 浅尾祥正

エピローグ

 そこは何処の時間の、何処の空間なのであろうか、

 過去でも、現在でも、未来でもない。

 白でもなく黒でもない。およそ人の持つ表現では言い表せぬようなそんな空間の真ん中に、緑色に光る〝図形〟がふわりと浮いていた。

 そして、それを眺めるものが二人いる。

 この、ある種禍々しいとも、神々しいともいえる空間で、その二人の組み合わせは、どうにも奇妙に映ってならない。

 一人は黒い鎧を纏った、皇気溢れる白髪の偉丈夫、こちらはいい。しかしその傍らに立つもう一人は、赤いドレスを纏い、ピンクのフラミンゴが描かれたクリケットバットを手にした、可憐な金色髪の少女なのだから。

「はぁ、とりあえずこれだけでも回収できてよかったわ。過去に遡って、『紅蓮の王』を生まれなくさせるだなんて、ほんと『混沌』ってろくでもないこと考えるんだから」

 少女はその図形――『運命の樹アルカナセフィーロ』を見上げて言った。

「口惜しくはあるがな。この機に余を『紅蓮の王』と定めておれば、あのような者ども即刻に打ち滅ぼしてくれようものを」

 黒衣の偉丈夫はそう答えるが、言葉の割には至極落ち着いて見える。見た目は大人と子供ほどの違いはあるが、二人の空気から察するに、どうやらこの二人はお互いを認め合ってはいるようだ。

「あなたもあなたよね。そんなこと考えていたなんて。いったいいつから?」

「ふむ、何せ『創世主』の定めた〝図形〟を変えるのだ。数千年は準備したとは思うがな」

「まぁ、気の長いこと! でも、そうならなくてよかったわ。紅蓮を巡ってあなたと戦うなんて、とっても骨が折れる仕事ですもの。ヴァルハラの〝ワルキューレ〟や〝エインヘリヤル〟たち相手なんて、〈夢の世界〉の管理が疎かになっちゃう」

 偉丈夫は、自分と戦うことをこうも軽く言ってのける者がいるか、という風に鼻を鳴らすと、彼もまた、図形をしげしげと見やった。

「――それにしても、まさか〝八つ目の核石アルカナ〟とはな。全次元で唯一運命を捻じ曲げられるという特異点――『マルクト』をこのようなことに使うとは……」

「あれって、どういう仕組みだったの?」

「本来、あれは単なる『疑似アルカナ』でしかなかった。そこに、アルカナの化身たる『紅蓮の王』と同質のアルカナを持つ『英血の器』から、〝中身の移し替え〟を行ってみせたのだ。本来、図形にそのような運命など無かったのだがな……その描き換えをするとは、これもまた、『運命の樹』の一部たる〝パトス〟の為せる力ということか」

「そうよねぇ……まさか〝ただの人間〟が〝パトス〟を持つことがあるなんて。あなたも手に入れてたんでしょ?」。

「一手及ばす〝審判シン〟だったが」

「じゃあ、やっぱりあの人間が〝世界タヴ 〟――」


「いいや、彼は〝ペー〟だよ」


 新たな男の声がした。

「世界にとって、彼は火を噴く〝災厄の塔〟であり、彼にとっては〝神の国へと至る道〟というわけだね。と、いうわけで――」

 床もないのに、ペタペタとした足音が聞こえる。

「〝世界タヴ 〟は、俺が手に入れた」

 いつの間にか、二人の後ろに小柄な男が立っていた。

 見た目は明らかに人間だ。歳の頃は二十代前半といったところだが、茶色がかった髪はさっぱりと刈りまとめており、ショートパンツとスニーカーというラフないでたちが、その飄々した雰囲気と相まって悪戯好きな少年といった印象を与える。

 その男を見た偉丈夫が、あきらかに不快そうに顔を歪めた。

「不愉快な格好だな、何をしに来た」

「おいおい、ひどいなぁ、けっこう気に入ってるんだぜ、これ。せっかくゲームに勝った・・・んだからさ、あんたに自慢の一つでもしてやろうと思ってね」

「貴様……」

 偉丈夫は腰の剣に手を掛けるが、

「ちょっと、やめてちょうだい。〝この空間で争いは無し〟がルールよ。仕方ないわ、彼の言う通り、本当の勝者・・・・・は彼なんだもの。チェスでも勝者は絶対、そうでなくて?」

 少女にそう止められ、渋々剣から手を放す。

 それを見て満足げにした少女は、腰に手を当て小柄な男に訊いた

「一つ気になってたんだけど、訊いていいかしら? あなた、なんでそんな名前なの? えーと……〝おわりいくろう〟さん?」

 『尾張郁郎』――それが、男の名なのか。

 しかしその問いを聞いた偉丈夫は、先程の意趣返しか、鼻を鳴らし、

「ふん、その程度のこともわからぬようで、〈夢の管理人〉とはよく言ったものだな」

 と、言い放った。

「なによ。いいでしょ! なぞなぞはもう帽子屋さんでうんざりしてるんだから。知ってるなら教えてちょうだいな」

「くだらぬ〝アナグラム〟よ」

「アナグラム? えーと……『おわり』は『終わり』かしら……それじゃ『いくろう』は……?」

 少女が真剣に考え始め、なかなか答えが出せないことに業を煮やした偉丈夫が助け舟を出す。

「早くしろ――そいつは〝嘘つき〟だ」

「ひどいなぁ」

 男がにやにやとしながら文句を言う。

「〝嘘〟? 〝うそ〟……〝USO〟……日本語だからローマ字読みでいいのかしら? 嘘だから、本当はあっちゃいけない文字を抜くと……IKURO……IKULO? ああ!」

 少女は答えに思い至って手を叩いて喜び、男もそれを大げさな拍手で賛美する。

 そんなおどけた空気に嫌気がさしたか、偉丈夫はガンと剣の柄を叩いて場を静まらせた。

「――それで、貴様はあんなものを手に入れてどうするつもりだ?」

 すると小柄な男は嬉しそうににやりと笑う。

「知りたい? 知りたいよねぇ? 俺――う~ん、もういいか! 僕らが手に入れた〝パトス〟は四つ。上の息子は〝吊された男メム〟、娘が〝運命の輪カフ〟で下の息子は〝悪魔アイン〟だ。そして僕が〝世界タヴ〟。これだけ揃えば、『運命の樹』さえ見つければ、少しは〝予定〟を描き換えることもできちゃうよね? そうして僕は一計を案じ、〝八つ目の核石アルカナ〟を作り出した。けど宇宙に核石アルカナは〝七つ〟しか存在してはいけない、八つ目が生まれたらどうなると思う?」

 少女は少し首を捻ってから、

「それを種に、新しい宇宙が誕生するわね」

 と答えた。

「そう! その通り!」

 男は飛び上がって手を叩いた。

「そこには何もない、何のルールもない〝新しい世界〟だ! なんたって僕が創ったんだからね! 『創世主』も『混沌』もない宇宙! まさにくだらない世界のシステムからはじき出された、はみ出し者の自由なる世界なのさ!」

 その言葉に、やはり我慢がならなかったか、偉丈夫の殺気が高まった。

「そんなものを、この全能神の許しなく存在させると思うのか?」

 すると一瞬の内に、男を守るように三人の武者が現れた。一人は長槍を構え、首にひだえりを付けた黒髪の美丈夫。二人目は年若き見た目にも霊験あらたかな修験者の男、三人目は軍服を纏い、鎖鎌を垂らした狐目の男――。

 しかし小柄な男はわざとらしく慌てたような仕草をすると、

「お~っと。待ってくれよ、諸君。ここじゃあまだ早い! せっかく君らは雲よりもたか~い志で〝世界の仕組み〟を壊すのに手を貸してくれたんだ。こんなところじゃもったいない・・・・・・! お楽しみはまた別の仕上げにとっておこうじゃないか!」

 と、三人を制止する。

 そう話すうちに、次第に小柄な男の背が伸びてゆき、体の半分が白く、もう半分が黒く笑む、白焔と黒淵を合わせたような姿に変わっていった。

 正体を晒し笑う男と、傍で頬を膨らませ睨みつける少女に興が冷めたか、偉丈夫は気を落ち着けると、再び男に話を促した。

「よかろう、ならば聞かせよ。貴様はそのような〝世界と関りを持たぬ世界〟など作って如何する」

「いやいや、それがいいんじゃないかぁ」

 男はあくまで笑い続ける。

「知ってるかい? 『混沌』は『アルカナ』が大好きなんだ。だって、あれって『存在』そのものだからねぇ。存在を消すしか能の無い『混沌』は、『アルカナ』無しにあり得ない! 僕は『混沌』に触れてそれを知った。ならさ、『アルカナ』が無ければ『混沌』も来ない、とっても平和な世界が生まれるじゃないか」

「でも、『アルカナ』が無ければ宇宙の成長はないわ」

 少女が疑問を挟む。

「そうかな? そうかも! 確かに何も無いからあの宇宙は育たないかもしれない。でもするかもしれない。何せあの世界はこの世界の鏡面だ。この世界の記憶を無かったことにはできないのさ。『アルカナ』も、『混沌』も、神も、魔も、霊も、獣も、その全てを、その世界の者たちは皆、魂に刻まれた〝記憶〟として受け継いでいく。見たこともないのに、その存在に共感する! 会ったこともないのに恐れ、崇める! ゲームやアニメに登場し、時にはそんな彼らの思いが、〝観測者〟として時空を超え、僕らの世界に影響を及ぼすかもしれない! だとしたら、彼らにも、彼らなりの成長があるかもしれないと思わないかい?」

 男は笑いながら踊るようにまくしたてるが、少女は腕を組んで首を捻り、

「難しいわね……わかったような、わからないような……」

「気にするな、こいつお得意の〝たぶらかし〟だ」

 偉丈夫がそう切って捨てる。

 男は「ひどいな~」とケラケラ体を揺らすが、偉丈夫は構わず再度訊いた。

「もう一度訊くぞ。何故、そんな真似をしたのかと訊いているのだ」

 その鋭い眼光に、男は、

「う~~ん」

 と腕を組んで悩ましげに、「どうしよっかな~、教えよっか~、やめよっか~」と一通りふざけてみせ、ちらりと偉丈夫の顔を覗き見る。そして、別段苛つくわけでもなく、ただ冷めた目で見ているその様子に顔をしかめると、

「つまらないなぁ、やっぱやめ――」

「私も知りたいわ!」

「よし、教えよう!」

 と、答えた。

 そしてそこに在る筈のない椅子に座り、

「――〝友だち〟の、ためさ」

 やけにかっこをつけたポーズでそう言った。

「僕の友だちはね、もう〝あの運命〟から決して逃れられない。どこで、誰がどう運命に介入しようとも、永遠に悲しく戦い続けるんだ。だからさ、僕はせめてそんな者が生まれない宇宙をつくって、〝あいつ〟に見せてやりたかった。アルカナを巡る戦いのない世界をね――」

 やはりそれも男の演技なのだろう。きっとそうであるに違いなのだが、それでも――。

「でも、あの人はそんなあなたの想いに気付かないと思うわよ?」

「そうだろうね」

「貴様はそのために非道を尽くし、奴自身にすら憎まれるというのか」

「そうさ。僕は毒だからね。毒だとわかって喰らってくれたのはあいつぐらいなもんさ。あいつは、楽しいヤツなんだ。必要であれば僕の胸を突く。友だちに胸を貫かれるなんて、僕にぴったりの友情じゃないか。僕はね、僕が楽しけりゃそれでいい。僕に飽きずに永遠に遊んでくれるヤツが好きなんだ。そうでなきゃ、僕の友は生まれない――兄さん・・・みたいにね」

 最後の一言に、偉丈夫が苦々しく顔を歪めると、男は嬉しそうにその顔を覗き込み、

「うん、いい顔がみられたよ。来た甲斐があったなぁ! それでは、ま~た♪」

 そう言ってパチンと指を鳴らす。

 その瞬間、男は三人の武者諸共に消え去った。

「〝新しい世界〟ねぇ、まぁ、〈夢の管理人〉としては、世界が増えた分夢が増えるのは嬉しいわね」

 少女はそう笑い、

「ふん、そのような余の関与できぬ世界など、『混沌』に喰われた虚無に等しいわ」

 偉丈夫はそう、一笑に付した。

 すると少女は、何かを思い出したようにポンと手を叩き、

「そうだ! 大事なことを忘れてたわ! とにかく、これでちゃんと『紅蓮の王』が生まれることになったのだから、お祝いしなくっちゃ! 贈り物は何がいいかしら……?」

 すると偉丈夫が腕を組み、

「余をしても、『混沌』は厄介ではある。その天敵というのであれば利用価値も無くはない――ならば、〝兄〟の方には余より、力ある余の名を〝隠し名〟として贈ろう」

 その提案に、少女も手を叩いて賛同する。

「なるほど、いいわね! 私からもそれを贈るわ! それじゃ私は〝妹〟の方に!」

 そうして二人は、『運命の樹』にそれぞれの名を刻み込んだ。

 

 黒衣の偉丈夫は――〝NIDO〟と。

 赤衣の少女は――〝LICEA〟と。

 

 そして最後に、少女は祈りを捧げた。

 

「紅き力と共にある者たちに、幸多からんことを――」

 

 やがて二人の姿も消えたが、少女の祈りの声だけは残り、木霊し続けた。

 二人のあとを追うように、『運命の樹』もまた、紅い光に包まれて宇宙の何処かへと消え去った。それが何処に行ったのか、これからどのような運命を紡ぐのかはわからない。

 しかし、樹系図は描き続けるのだろう。紅き力に導かれし者たちの運命を。

 

 今、ここに世界は確定し、誕生した。

 そして想いは繋がり、運命は巡る。紅き焔と共に。


〈了〉