『FORSPOKEN』の
音楽制作について
作曲家 ギャリー・シャイマン氏インタビュー
日本語訳:アネモネ・モーニアン
『FORSPOKEN』の作曲家ギャリー・シャイマン氏に、アーシアの雰囲気を捉えた音楽作りや、同じく作曲家のベアー・マクリアリー氏とのコラボレーション、パンデミックの状況下での音楽制作など、お話をお伺いしました。
待望のサウンドトラックが配信された『FORSPOKEN』。その美しいアーシアの世界を彩る音楽は、「BioShock」シリーズなどで知られるギャリー・シャイマン氏と、「ゴッド・オブ・ウォー」シリーズなどで知られるベアー・マクリアリー氏のコラボレーションによって制作されています。
今回、シャイマン氏に『FORSPOKEN』の音楽制作についてインタビューする機会をいただき、制作時のエピソードや、楽曲のインスピレーションなどをお伺いしました。さらにサウンドトラックから2曲を、シャイマン氏の解説付きで特別にご紹介しますので、インタビューとあわせてお楽しみください。
『FORSPOKEN』の楽曲を制作することになった経緯をお伺いさせてください。
ギャリー・シャイマン(以下、シャイマン):
Luminous Productionsさんから事務所宛てに、私とマクリアリーさんへ楽曲制作依頼のご連絡をいただきました。
私たちは長年の友人で、昨年ちょうどマクリアリーさんと一緒に仕事ができたらと話していたところだったんです。2人で同じプロジェクト、特にゲームのお仕事を共にできることは、私たちにもとても興味深いお話でした。
『FORSPOKEN』の企画についてお伺いしたとき、これがその共作にピッタリだと感じたんです。Luminous Productionsさんとスクウェア・エニックスさんも私たちの希望を快く受け入れてくれて、楽曲制作がスタートしました。
『FORSPOKEN』の具体的にどの部分に共感して音楽制作をご希望されたのですか?
シャイマン:
契約前にストーリーの概要をお送りいただいたのですが、それがとても素晴らしく、興味をそそられる内容でした。特にニューヨークからファンタジーの世界へ移行するというアイディアは、それぞれ共作で作業分担することで面白いものにできそうだと感じました。
プレイ中はほとんどの時間をアーシアで過ごすことになると思いますが、その点も音楽的にとても興味深く楽しいものだと思いました。
オーケストラとのレコーディングの機会があることも分かっていましたしね。才能あるデベロッパーと卓越したパブリッシャーによる素晴らしいストーリーという、作曲家にとって本望ともいえる環境が揃っていたんです。この約束された環境下で、私たちが契約の決断にいたるまでそれほど時間はかかりませんでした。
『FORSPOKEN』は新規タイトルで、音楽制作も白紙の状態から始められたことと思います。既存シリーズの楽曲を制作するより大変だったのではないでしょうか?
シャイマン:
常に挑戦はありますね。プロジェクトに合った音楽表現を探るのは、どんな企画でも一番難しい部分なんです。
白紙から始める方が大変かどうかは分かりませんが、今回はマクリアリーさんと話し合って、これだという音楽スタイルを発見しました。近年は作曲の技術が発達して、コンピューターだけでオーケストラのようなサウンドを作成できるようになったので、ゲームに合ったスタイルを見つけるまで何度も完成度の高いデモを試行錯誤して作ることができました。
その”サウンド”はどうやって発見したのですか?
シャイマン:
「依頼元がNGを出さない限り作曲者は好き勝手できる」という作曲あるあるネタがあるんです。気に入って使ってもらえれば契約違反にはならないですからね!
どんなプロジェクトでも音楽制作のプロセスは同じなんです。コンピューターでデモを作成して依頼元に「いかがですか?」と打診する。
ゲーム音楽の制作の場合、もちろんゲームの内容も考慮します。いただいたスクリプトや、打ち合わせでの内容を頭の”矢筒”に詰め込んで、アイディアの”矢”を放っていくんです。
マクリアリーさんと二人で、ああでもないこうでもないと、常にアイディアを交換し合い続けました。お互いに曲を聴かせ合って「すごくいい感じだね。もっとこうしてみたらどうかな?」って。矢筒に詰め込んだアイディアとお互いの意見交換を続けていたら、『FORSPOKEN』のサウンドは割と早いうちに固めることができました。
『FORSPOKEN』を知らない人に、このサウンドをどう説明しますか?
シャイマン:
使用したサウンドという意味では、シンセサイザーとサンプラーです。それと素晴らしいオーケストラとクワイアですね。もちろんボーカルのインディア・カーニーさんもです。カーニーさんはソロ曲でフレイの声を代弁してくれています。
ジャンルだと、ファンタジー音楽の類にあたるのではないかと思います。ただのファンタジー音楽にならないように、複雑な面白みを足したつもりです。音楽家の方にとっては調性音楽だといえばお分かりいただけると思います。フレイが壮絶なバトルに挑むときは、あえて耳障りの悪い音を加えたりしています。そういった部分で、伝統的なファンタジー音楽のオーケストラの中に、独自のひねりを加えました。
「独特なひねりを加えたファンタジー音楽」だなんて、PRスタッフ売り込み文句みたいになってしまいましたね。実際の判断は、リスナーの皆さまに委ねたいと思います。
サウンドの方向性について、早い段階から開発チームも話し合いに加わっていたのですね。
シャイマン:
そうです。直感を信じてその通りに曲を作ると、大体一発OKで承認されました。もちろんそればかりではありませんでしたけどね。その場合はチームからフィードバックをいただいて、それを曲作りに活かしました。
開発チームは私が参加する何年も前から『FORSPOKEN』を作っていますし、とても信頼しています。提出した音楽をどうすればさらにフィットするか直感的に理解しているので、彼らの貴重なフィードバックにはとても真剣に耳を傾けました。
『FORSPOKEN』の曲の中でもベストといわれている楽曲は、そんなフィードバックから生まれたものでした。開発チームからの意見を反映することで、さらにブラッシュアップした楽曲を作り上げることができました。
『FORSPOKEN』作曲時にインスピレーションを受けた作品はありましたか?
シャイマン:
一番影響を受けた作品はこのゲームそのものでした。そのうえで、自分たちが今まで作曲してきた経験と、ポップスからクラシック音楽まで、これまで聴いてきた全ての音楽からインスピレーションを受けています。全てがあいまって自分のスタイルやブランドになっているのだと思います。
私の人生はずっと音楽と共にありました。その中でも一つ挙げるとしたら、グスタフ・ホルストの『惑星』は、史上最高のファンタジー音楽の一つだと思います。ゲーム序盤やニューヨークが舞台のシーンの楽曲は、ヒップホップからも影響も受けています。
ただ、私は直観的な作曲家なので、曲を書いている間は音楽理論的な理由があったわけでもなく、心に浮かんだ感情に従って書いていました。都度開発チームの意見を確認しながら書いてい他のですが、気に入ってもらえてうれしかったです。
デモがまとまったあとはオーケストラ演奏の収録が行われ、合唱団やソロ歌手のレコーディングもありました。ケーキに仕上げのデコレーションをしている気分ですね!
『FORSPOKEN』のお仕事を完了してみていかがですか?
シャイマン:
音楽制作を満喫しました。本当に楽しかったです。このゲームにはバトルシーンが沢山あるので、私も戦闘曲をたくさん作りました。こんなにたくさん書き下ろしたのは今作が初めてです。バトル曲以外にも、フレイが世界を探索するときの音楽など、美しい音楽を作るいい機会にもなりました。
TVゲーム、特に超大作といわれる部類のゲームには、緊張感のあるアクションシーンに合った音楽を求められることが多いんです。なので、こうして美しいエモーショナルな音楽を作るチャンスに恵まれたことは、とても魅力的で刺激的で、ごほうびのような気分でした。
一番大変だったのことはどんなことでしたか?
シャイマン:
『FORSPOKEN』はアクションやバトルシーンがたくさんあります。タンタたちとの戦いをはじめ、さまざまなモンスターと戦うので、その分バトル曲をたくさん作る必要がありました。それぞれシチュエーションは違えど、大量のバトル曲を書くので、似た曲には絶対にしたくないという思いが強かったですね。
ギリシャ神話のシーシュポスみたいに、石を山の上まで何度運んでも、すぐまた転げ落ちてくるような気持ちでした。朝が来るたびに、できるだけ新鮮な気持ちで、また別のバトル曲と向き合い続けるような感じでしたね。
プロジェクトが終わりに近づくにつれて大変になっていきましたが、チームから「この前提出したのと同じじゃない?」というフィードバックはなかったので、ちゃんとやり切れたんだと信じています。プレイヤーの皆さんにもそう思っていただけると幸いです。
制作時はちょうどパンデミックで世界中が混乱していた時期でしたね。その影響はありましたか?
シャイマン:
そうですね。レコーディングはナッシュヴィルで行ったのですが、カリフォルニアと比べると規制が比較的緩やかだったんです。全員がマスクを着用し、ミュージシャン同士が2メートル離れる必要はありましたが、ミュージシャン同士で集まって演奏することができました。
ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、ナッシュヴィルは”レコーディングの聖地”的な存在なんです。関係者の必死の努力の甲斐あって、ゲーム音楽のレコーティングにかけては世界でも有数の場所です。ゲームやTV番組、映画などのレコーディングには、楽譜を読む力のあるミュージシャンが求められます。
ベートーベンやブラームスを演奏するのは得意でも、スタジオに入って楽器と向き合い、複雑なパート譜を読み、それを洗練された美しい音で完成度の高い演奏をするのは、また別の話です。
数ある交響楽団の中でもその力があるのは一握りで、ナッシュヴィルには技術力の高い演奏家がいるので、そこでレコーディングできたことは幸せでした。レコーディングは慎重に進めていたので、体調を崩す人は出ませんでしたよ。
コーラスは、ロサンゼルスのワーナー・ブラザース・スタジオのステージで収録しました。メンバー同士が距離をとらないといけなかったのが厄介でしたね。お互いの声が聴こえるように合唱団を配置したかったので、透明なシャワーカーテンのようなものでは区切りたくなかったんです。この状況には録音エンジニアも「こりゃアカン」と思わず呟いていました。
幸い、ヘッドホンでお互いの声が聴こえるようにすることでレコーディングがスムーズに完了し、良い音で録音することができました。集まって録音できればなお良かったのですが、ロサンゼルスの歌手の皆さんがとても素晴らしかったので、規制があってもあそこでレコーディングできてよかったと思っています。
「Cipal, the Last Bastion」
この楽曲は開発チームのフィードバックで、最初に提出したデモから方向性を変えた楽曲のいい例です。デモの段階ではダークで不吉な雰囲気の曲調でした。貴重な意見にインスパイアされて作り直したのが今お聴きいただいているこの曲です。
シパールはアーシアの中心都市ですが、とても悲惨な状況にある町なんです。町が闇の力に覆われ、大きな危機に直面しています。ただし、豊かな歴史のある、気品のある町でもあります。
なので、曲中にその要素を表現しようと考えました。プレイヤーが「この町を大切にしたい」と思うような、そんな感覚を与えたかったのです。
「Vagabond」
アーシアを探索中にお聴きいただく音楽の中でも、プレイヤーの想像をかき立てるような風景を目にした時に流れる楽曲が何曲かあります。『Vagabond』は、インディア・カーニーさんの美しい歌声でそのシーンの雰囲気をうまく表現していると思います。
「Cipal, the Last Bastion」と同じく調を感じられる曲です。ゲーム音楽の作曲家って思ったより美しい音楽を書く機会がないもので。個人的にはもっと書きたいんですけどね。
でも、ゲーム音楽の多様性は気に入っています。ダークで恐くて不協和音が多いものから、美しく心に響くような曲まで、バラエティに富んでいますからね。『FORSPOKEN』の音楽も多様性に富んでいるので、プレイヤーに気に入ってもらえる要素のひとつだと思っています。