4.
NieR Re [in]carnation
「覚醒ノ記録」
地平線の向こうまで続く、真っ白な砂の世界。空虚な砂漠の中を、二人の少女が歩いていた。
砂の中には、滅びた文明の名残がぽつりぽつりと眠っている。壊れた車や途切れた線路、骨みたいにそびえ立つ塔の跡。どれも大昔のヒトが生きた証らしいけれど、少女達の瞳には、風と砂にすべてをさらわれた遠い夢のように映っていた。
遠い夢。
暑さでぼんやりとする頭で、お下げ髪の少女——フィオは懐かしいことを思い出す。彼女がまだ地球に来る前、『檻』と呼ばれる場所にいた頃のことを。
『檻』。それは月面に設置されたサーバーの電脳世界にそびえ立つ、石造りの塔。そこは、滅びてしまった人類の記憶を保存するための場所だった。
『檻』に迷い込んだフィオは、レヴァニアという怪物と出会った。
孤独だったフィオを救ってくれた大切な友達。
フィオは彼と共に『檻』を旅して、そこに記録された色んな世界と、沢山の願いを知った。
そして、旅の終わりに出会ったのが、前を歩く白髪の少女。フィオは、大切な友達を失って一人ぼっちになっていた彼女のそばにいてあげたいと思った。
だから、月から地球へ。
レヴァニアとの別れを選んで、この地球に来た。
そして今、二人が白い砂漠を旅しているのは、白髪の彼女が失った友達を捜すため。それはフィオの提案による旅だった。
しかし、旅は思ったよりも大変だった。フィオは、じりじりと照りつける日差しに体力を奪われていた。そんな彼女の様子に気づくことなく、白髪の少女はずんずんと先に進んでゆく。
「ねえ、カノちゃん」
フィオが目の前の背中に向かって声をかける。
カノちゃん。それが、フィオが白髪の少女を呼ぶときに使うあだ名だ。彼女はかつて大切な友達——『彼』と名乗る少年から『彼女』と呼ばれていた。
それで、カノジョだから、カノちゃん。
「少し休んでもいいかな」
フィオがそう言うと、『彼女』は足を止めて、ぱっと振り返った。
「……分かった」
そう言った直後。『彼女』の視線はすっとフィオを離れ、遠くの方へと移る。
「あれ、なんだろう……?」
フィオは彼女の視線の先を見る。真っ白な砂漠に、ぽつんと黒い点。ゴオンゴオンとけたたましい音と共にこちらへ近づいてくるそれは、巨大な黒い箱のように見えた。
「逃げたほうがいいかも……!」
嫌な予感がして、フィオは『彼女』の手を取って駆け出した。
砂の上は、足が取られて思うように進めない。なんとかじぐざぐに駆ける二人を、黒い箱が追いかけてくる。
走って走って。フィオと『彼女』は、遠くまで続く太いパイプが砂からのぞいているのを見つけた。砂の上を走るより、足元が安定しそうだ。そう思った二人は、足並みを揃えてパイプの上に飛び乗る。
ゴゴゴ……
鈍い音を響かせ、パイプが高く持ち上がった。二人は悲鳴と共に体勢を崩し、振り落とされないようにパイプに必死にしがみつく。
パイプだと思っていたもの。それは、かつて地球を侵略したエイリアンが遺した兵器──「機械生命体」だった。
激震する地面、巻き上がる砂塵。
機械生命体は、そのヘビのような長い体を砂漠の上でうねらせながら進んでいく。
——『彼女』の手が滑った。あっと声を出す間もなく、その身体は宙へと放り出される。
フィオは反射的に身を投げ出し、『彼女』に向かって手を伸ばす。手と手が重なり、二人は抱き合いながら、砂を打つ大きな音を立てて転がった。
ヘビのような機械生命体の視線が、二人のほうへ向けられる。絶体絶命……そう思われた。
そのとき、凄まじい音が鳴り響いた。
黒い箱が機械生命体に突撃したのだ。衝撃で、機械生命体の巨体がごろごろと砂の上を転がってゆく。ひとしきり転がり終わった機械生命体は恐れをなしたのか、砂の中へと潜り、姿を消した。
助かった……?
二人が安堵したのも束の間。砂煙の向こうから黒い箱の轟音が姿を現した。箱は少女達の目の前で、ピタリと止まる。
黒い箱からおりてきたのは、「機械生命体」。けれど、さっきの巨大なヘビのような恐ろしい個体ではない。それはフィオよりも背丈の低い、鉄の人形のような姿をしていた。
「オドロカセテシマッテ、申シ訳ナイ」
身を投げ伏して謝る機械生命体に、フィオと『彼女』は拍子抜けした。
かつては人類の軍と戦争をしていたという機械生命体も、今では全個体が兵器として活動しているわけではないようだ。
この機械生命体は、人類の遺物を集めて、この黒い車──トレーラーに積み、自分の拠点まで運んでいる最中だったという
そこで、巨大な機械生命体に接近している少女達を見つけ、危険を知らせるために追いかけていたというわけだ。
「えっ……じゃあもしかして!」
──フィオは突然、機械生命体に話しはじめた。彼が人類の遺物を集めているのなら、彼女達が捜している「友達」の手がかりも知っているかもしれない。
「……残念ナガラ、ソノヨウナ情報ハ持ッテイナイ」
ガッカリするフィオに向けて、機械生命体は続けて説明した。自分達の拠点には沢山の遺物がある。あるいはその中に、「友達」の手がかりを見つけることができるかもしれない、と。
フィオの目に、小さな希望が灯る。
「これでカノちゃんのお友達、見つけられるかもしれないね!」
うれしそうに荷台に飛び乗りこみ、期待に胸を膨らませるフィオ。けれど、その様子を見つめる『彼女』の心には、別の感情が渦巻いていた。
——本当は、分かっているのだ。どれだけ捜したって、かけがえのない友達だった『彼』にはもう会えないと。
だって『彼女』は、『彼』の最期を見ていたから……
でもそんなこと、フィオには言えない。
『彼』にはもう会えないと。そう言葉にしたとき、自分がどんな顔をしてしまうか分からないから。
フィオは自分のために、大切な友達であるレヴァニアと別れてまで一緒に来てくれたのだ。そんな彼女に、寂しい気持ちを見せるだなんて、勝手なことはできるはずがない。
トレーラーのエンジンが唸り、車輪が砂を巻き上げる。真っ白な砂漠には、まっすぐな車の轍が刻まれていた。
*
トレーラーに揺られて二人が辿り着いたのは、砂漠の真ん中にぽつんと立つ巨大な建物。銀色の外壁が陽の光を反射してキラキラと輝いている。その形はまるで船のようで、さながら座礁した難破船のようだった。
機械生命体の案内で中に足を踏み入れると、そこには見たこともない品々がずらりと並んでいた。透明なケースの中には不思議な形をした機械が収められ、壁には巨大な星の絵が掲げられている。フィオは不思議そうに辺りを見回した。
「ここって……何をするところ?」
「科学館。宇宙のこととか……人類が研究していた色んなことが展示されてるんだ」
フィオの呟きに、『彼女』が答える。
かつて人類の記憶を観測する役目を担っていた『彼女』は、いつもこうやってフィオが知らないことを教えている。
「宇宙って?」
フィオが質問を重ねる。知らないのも無理はなかった。彼女が元々暮らしていたところでは、一般的ではない知識だ。
『彼女』はフィオに、宇宙とは、月や星が輝く地球からずっと遠い場所のことをいうのだと教える。
「じゃあ、わたしも宇宙から来たんだね」
そう言ったフィオに、ちくりと『彼女』の胸が痛む。フィオに地球へ来る選択をさせてしまったことを、『彼女』はずっと後悔し続けていた。
ふとわき上がったそんな気持ちを振り払って、あたりを見回す。機械生命体はいつの間にか、先に進んでしまっていた。
しかしフィオは展示を眺めるのに夢中のまま。
「カノちゃん、他のも見にいこう!」
フィオは『彼女』の手を引くと、科学館の中を駆け出した。
ロケット、人工衛星、大きなアンテナ、天体望遠鏡に隕石の欠片……
あれはなに? これはなに?
そう尋ねるフィオに、『彼女』は一つずつ丁寧に教えていく。声が枯れそうだと思ったけれど、フィオに「カノちゃんはなんでも知ってるね」と言われると、不思議と悪い気がしない。
それから二人は、ドーム型の部屋に辿り着いた。
部屋には窓がない。頼りになる灯りは、開け放された入口の扉から射し込んでくる日差しと──ひと足先にそこへ来ていた、機械生命体の目から放たれる光だけだった。
「ココハ、オレノ好キナ場所ダ」
フィオと『彼女』の目が暗がりに慣れてくると、辺りの様子がぼんやりと見えるようになった。
中央の不思議な機械を取り囲む無数の座席。首を傾げるフィオに、ここはプラネタリウムというのだと『彼女』が教える。
それから二人は気が付いた。座席の一つに、二人を案内してくれた彼とよく似た姿の機械生命体が座っていることに。けれどそれは、動いていないようだ。
「この子は……?」
フィオが尋ねると、彼は話しはじめた。
今はもう動かなくなってしまったけれど──これは、自分の大切な友達なのだと。
かつて彼らは、二人であてもなく砂漠を彷徨いながら、この科学館に辿り着いた。そうしてここが「人類の叡智の結晶」であることを知っていくうちに、宇宙に憧れるようになったのだという。
二人が科学館の中で特に興味を抱いたものこそ、このプラネタリウム。説明書によれば、中央にある投影機で、ドーム型の天井にキラキラとした星空を映すことができるらしい。けれど二人がここに辿り着いたときにはもう、投影機は壊れてしまっていた。どうにか直そうとしたものの、方法が分からないまま長い時が過ぎて──
今から15年前。友達の機械生命体が、ついに動かなくなってしまった。コアが壊れたのだ。もう、永遠に動くことはないだろう。
「オレモイツ壊レルカワカラナイ……」
そうなる前に、なんとか友と一緒に夢見たことを叶えたい。いつかは必ずこの部屋に星を輝かせるのだ。機械生命体はそう話した。
「ねえ。この……ぷらねたりうむ。みんなで直せないかな?」
フィオは投影機を見つめながら、ぽつりと言った。
大切な友達に先立たれた、機械生命体の悲しみ。
彼が友と共に叶えたかった願い。
フィオは、それらを自分ごとのように感じているのだろうと『彼女』は思った。きっと彼女はいつも、他人の痛みまで背負ってしまう人間だ。
自分もプラネタリウムの修理を手伝えば、今フィオが一人で背負おうとしている機械生命体の悲しみを分け合えるだろうか。
それは、フィオにレヴァニアとの別れを選ばせてしまった罪悪への償いになるだろうか……
そんなことを考えながら、『彼女』はフィオの提案を受け入れた。
*
『彼女』はかつて観測していた人類の記憶を頼りに、プラネタリウムの投影機を修理する方法を考え出した。
まずは照明を整備して、暗い部屋の作業環境を整える。それから『彼女』の指示のもと、三人で館内の展示物や運ばれた積み荷から使えそうなパーツを集め、試行錯誤しながら修理を進めていく。
そして今、三人は星を映すために必要なレンズを探して科学館の中を回っていた。
「あ、あれ!」
目を輝かせたフィオが頭上を指さした。天井から吊り下げられた人工衛星の模型。そこに、きらりと光るカメラのレンズが取り付けられているのが見える。
しかし三人のうち誰が背伸びをしたって、そこには手が届かない。がっくりする機械生命体に、フィオが優しく声をかける。
「私に任せて!」
フィオは近くに展示されていた大きなパラボラアンテナによじ登ると、そこから人工衛星の模型に飛びついた。
彼女は器用に人工衛星のレンズを外し──けれど次の瞬間、その小さな体が空中に浮くのが見えた。見ていた二人が声を上げる前に、フィオはどさりと床に落ちていた。
「大丈夫?」
『彼女』はフィオの傍へと駆け寄った。
「えへへ、大丈夫だよ」
フィオは恥ずかしそうに、上体を起こした。高いところから転げ落ちたというのに、しっかりとレンズを握ったまま。その健気な手が、『彼女』の胸を苦しくさせる。
「……私、いつも君に無理をさせてる」
『彼女』の胸に、フィオに謝りたいことが溢れだす。
砂漠でフィオが疲れていることに気がつかず、連れまわしてしまったこと。投影機を直せると言ったのは自分なのに、一人では満足に部品集めもできないこと。
そして──自分のせいで、フィオを地球に来させてしまったこと。大切な友達と、別れさせてしまったこと。
何から話そうか、言葉を詰まらせる『彼女』にフィオは言った。
「わたし、無理してないよ。心配させちゃって、ごめんね」
『彼女』はいつも色んなことを教えてくれる。だから自分一人じゃ見れないような世界も、カノちゃんと一緒にいれば見える。それがすごくうれしくて、楽しいのだと。だから、無理なんてしてないのだと……
そう言ってフィオは、優しく微笑んだ。
『彼女』には、まだフィオとの向き合い方が分からない。けれど、その言葉に嘘がないことは分かる。
フィオが嘘をつけないような純粋な人間であることは、今まで何度も思い知らされてきたのだから……
そして、投影機の修復作業は続く。何度も失敗して、けれどそのたびに三人で励まし合いながら。
しかし館内中からパーツをかき集めたにも関わらず、まだ修理に必要なレンズが足りない。人工衛星のカメラ、機械生命体が集めていたガラクタ。使えそうなものはもう、すべて使ってしまっていた。
どうしようかと、少女二人が困り顔で見合っていると──
「レンズナラ……オレタチノ……」
機械生命体が、自身の眼と友達の眼に用いられているレンズを、それぞれ一つずつ使ってほしいと言った。
フィオと『彼女』は驚いて彼を止めようとする。それは今すぐに投影機を完成させる唯一の方法かもしれないけれど、何も体の一部を犠牲にする必要はない。しかし、彼には生き急ぐ理由があった。
「オレハ、イツ動カナクナルカ、ワカラナイ」
機械生命体は、プラネタリウムのシートでじっと天井を見上げている友を見つめた。
「心配スルナ。友ナラキット、ソウノゾンダ」
機械生命体の言葉には、確かな強い意思が込められている。『彼女』とフィオは顔を見合わせて、静かに頷いた。
遠い昔。彼らがまだ人類と戦うための兵器だった頃から、色んなものを見つめてきた瞳。長い年月の間に傷だらけになっていたレンズは二人の体を離れ、これからは投影機の中から星々を見つめ続けることになる。憧れ続けた、宇宙を。
『彼女』が、二人の眼を慎重に外す。
フィオが、そのレンズを丁寧に磨き上げる。
それは祈るような時間だった。
レンズが揃うと、『彼女』は仕上げの作業を終えた。
フィオと『彼女』、そして機械生命体の三人が力を合わせて作り上げた投影機は、どこか不格好だったけれど、それでも確かにそこに完成したのだった。
『彼女』、フィオ、壊れた機械生命体と、その友達の彼。四人は横並びのシートに座って、投影機が映し出した満天の星空を見上げた。
「きれい……!」
ドームいっぱいに、星々が広がった。暗い空に、きらきらと輝く無数の光。月が静かに浮かびあがってきて、フィオ達を銀のきらめきでほのかに照らす。
「コレガ、ウチュウ……キレイダナ、ウレシイナ」
機械生命体が、友に語りかけるように言う。
その横で、フィオが『彼女』の方を見る。
「カノちゃんのおかげだよ。ありがとう」
フィオの目は、夜空の星よりも輝いているように見える。その表情につられて『彼女』も、そっと微笑み返したのだった。
*
ゆっくりと天井を回っていた星が、突然ぴたりと止まる。
「あれ?」とフィオが口にした瞬間、部屋に女性の声が響き渡った。
驚くフィオと機械生命体に『彼女』は、これは「ナレーション」といって、星にまつわる様々なことを説明するプラネタリウムの機能なのだと教えた。
それから三人は、静かにナレーションに耳を澄ませる。
──遠い昔から、人類は夜空に輝く遠い星々に焦がれてきた。
だから文明が宇宙の存在を知ったとき、地球の外を旅してみたいと願うのは必然的なことだった。
最初に目指したのは、月。
地球と引力で引きあう、一番近くで輝く星。
そうして人類は、様々な方法で月を目指した。
そのうちのひとつに、“アポロ計画”と呼ばれるものがある……
「みんな、宇宙に行って何をしたかったんだろう?」
フィオが言った。
質問に答えるのはいつも『彼女』の役目。『彼女』は頭の中で沢山の答えを用意する。そしてもっとも、フィオにぴったりなことを選んで言った。
「ヒトは……伝えたかったんだと思う。地球という星に込められた沢山の思い出を、宇宙にいるかもしれない誰かに」
ナレーションが終わり、プラネタリウムの星々が動き出す。
止まっていた時計が再び時を刻むように、夜空の光が軌道を描いて部屋いっぱいに流れていく。
『彼女』は、今ならずっと言いたかったことを言えると思った。
「……私と一緒に、もう一度レヴァニアに……カイブツさんに会う方法を、捜しにいこう」
自分のせいで、フィオとレヴァニアを別れさせてしまったこと。自分のために、もう会えない『彼』を捜し続けてくれること。
『彼女』は今までずっと、それを後ろめたく思っていた。
だけど今なら信じられる。フィオは絶望のためにレヴァニアと別れを選んだのではなく、希望のために地球へ来てくれたのだ。ひとりぼっちだった、この手をとって。
それならば、自分がやるべきことは罪悪感を抱くことじゃない。フィオが自分の孤独を癒そうとしてくれたように、今度は自分がフィオに希望を見せてあげたい。
「……ありがとう、カノちゃん」
フィオはそう言って微笑んで──けれどその頬には、涙がつたっていた。それは、フィオの中で、ずっとしまい込んでいた感情だった。
ずっと笑っていた。ずっと元気でいようとした。
でも、本当は——
「わたしね……もう、カイブツさんには会えないと思ってたんだ」
プラネタリウムの光を受けて、きらきら光るフィオの涙。『彼女』はそれを見て、初めて気がついた。
大切な人にもう会えない。その諦めは、悲しみは、一緒だったんだ。ずっと一人じゃなかったんだ。
『彼女』はフィオをそっと抱き寄せる。二人の間に、もう言葉は必要としなかった。互いに涙を拭いあって、笑う。プラネタリウムの星々が、それぞれの想いを祝福するように瞬いていた。
そうして。プラネタリウムが完全に復旧したのを見届けた二人は、科学館を後にした。
「アリガトウ」と繰り返して二人との別れを惜しんだ機械生命体は、これからもあの場所で、壊れた友と二人で過ごすという。
そして彼は、これからもっと宇宙のことを調べてみると言った。
次は、友と一緒に宇宙に行ってみたい……それは、自分もいつ友のように動かなくなるか分からないからと、知らず知らずのうちに諦めていた夢。けれど、不可能に思えた投影機を修理したフィオや『彼女』を見ていたら、自分にもまだできることが沢山あると思えたのだと。
──また再会することがあるかもね。
フィオと『彼女』は、彼にそう言った。
二人もまた、これから宇宙に行く方法を探すための旅をすることにしたからだ。
宇宙、月。
かつて人類が、一番最初に向かった星。
フィオやレヴァニアがいた『檻』も、月面にあったという。
だから、月に行けばまた彼に会えるかもしれない。
友達というのは、引きあう二つの星。きっと、地球と月のようなものだから。
きっと大丈夫。人類は「アポロ計画」の宇宙船で月に辿り着くことができたのだ。自分達だって月にいけるはず。
それぞれの大切な友達に巡り会うため、少女達は再び真っ白い砂漠の中を歩んでいた。
道すがら。『彼女』はふと、ポケットの中から小さなものを取り出した。機械生命体が、記念にとくれたものだという。
「ねえ、これ——君に」
『彼女』の手のひらには、キラキラと光る星型の指輪が二つ。子供向けに作られた玩具のようだった。『彼女』がそのうちのひとつを、フィオの指にはめてあげた。フィオが、わあっと歓声をあげる。
それから『彼女』は静かに、まっすぐに、フィオのことを見つめて続けた。
「私は、君と……友達になりたい」
フィオが目を瞬かせて返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そうして二人は、また歩き出した。
風が、ふわりと砂を巻き上げて少女達の足跡をかき消していく。二人の旅立ちを見送っているかのように。
*
投影機が映し出す星空の下、機械生命体は集めた人類の遺物を整理していた。
その中にある通信用のパーツが投影機に干渉する。
ドーム状の部屋いっぱい映し出されたメッセージ。それは遥か遠く、宇宙からの信号。
それは再び逅えるときまでの足跡を示す、決して消えることのないコード——
砂の中には、滅びた文明の名残がぽつりぽつりと眠っている。壊れた車や途切れた線路、骨みたいにそびえ立つ塔の跡。どれも大昔のヒトが生きた証らしいけれど、少女達の瞳には、風と砂にすべてをさらわれた遠い夢のように映っていた。
遠い夢。
暑さでぼんやりとする頭で、お下げ髪の少女——フィオは懐かしいことを思い出す。彼女がまだ地球に来る前、『檻』と呼ばれる場所にいた頃のことを。
『檻』。それは月面に設置されたサーバーの電脳世界にそびえ立つ、石造りの塔。そこは、滅びてしまった人類の記憶を保存するための場所だった。
『檻』に迷い込んだフィオは、レヴァニアという怪物と出会った。
孤独だったフィオを救ってくれた大切な友達。
フィオは彼と共に『檻』を旅して、そこに記録された色んな世界と、沢山の願いを知った。
そして、旅の終わりに出会ったのが、前を歩く白髪の少女。フィオは、大切な友達を失って一人ぼっちになっていた彼女のそばにいてあげたいと思った。
だから、月から地球へ。
レヴァニアとの別れを選んで、この地球に来た。
そして今、二人が白い砂漠を旅しているのは、白髪の彼女が失った友達を捜すため。それはフィオの提案による旅だった。
しかし、旅は思ったよりも大変だった。フィオは、じりじりと照りつける日差しに体力を奪われていた。そんな彼女の様子に気づくことなく、白髪の少女はずんずんと先に進んでゆく。
「ねえ、カノちゃん」
フィオが目の前の背中に向かって声をかける。
カノちゃん。それが、フィオが白髪の少女を呼ぶときに使うあだ名だ。彼女はかつて大切な友達——『彼』と名乗る少年から『彼女』と呼ばれていた。
それで、カノジョだから、カノちゃん。
「少し休んでもいいかな」
フィオがそう言うと、『彼女』は足を止めて、ぱっと振り返った。
「……分かった」
そう言った直後。『彼女』の視線はすっとフィオを離れ、遠くの方へと移る。
「あれ、なんだろう……?」
フィオは彼女の視線の先を見る。真っ白な砂漠に、ぽつんと黒い点。ゴオンゴオンとけたたましい音と共にこちらへ近づいてくるそれは、巨大な黒い箱のように見えた。
「逃げたほうがいいかも……!」
嫌な予感がして、フィオは『彼女』の手を取って駆け出した。
砂の上は、足が取られて思うように進めない。なんとかじぐざぐに駆ける二人を、黒い箱が追いかけてくる。
走って走って。フィオと『彼女』は、遠くまで続く太いパイプが砂からのぞいているのを見つけた。砂の上を走るより、足元が安定しそうだ。そう思った二人は、足並みを揃えてパイプの上に飛び乗る。
ゴゴゴ……
鈍い音を響かせ、パイプが高く持ち上がった。二人は悲鳴と共に体勢を崩し、振り落とされないようにパイプに必死にしがみつく。
パイプだと思っていたもの。それは、かつて地球を侵略したエイリアンが遺した兵器──「機械生命体」だった。
激震する地面、巻き上がる砂塵。
機械生命体は、そのヘビのような長い体を砂漠の上でうねらせながら進んでいく。
——『彼女』の手が滑った。あっと声を出す間もなく、その身体は宙へと放り出される。
フィオは反射的に身を投げ出し、『彼女』に向かって手を伸ばす。手と手が重なり、二人は抱き合いながら、砂を打つ大きな音を立てて転がった。
ヘビのような機械生命体の視線が、二人のほうへ向けられる。絶体絶命……そう思われた。
そのとき、凄まじい音が鳴り響いた。
黒い箱が機械生命体に突撃したのだ。衝撃で、機械生命体の巨体がごろごろと砂の上を転がってゆく。ひとしきり転がり終わった機械生命体は恐れをなしたのか、砂の中へと潜り、姿を消した。
助かった……?
二人が安堵したのも束の間。砂煙の向こうから黒い箱の轟音が姿を現した。箱は少女達の目の前で、ピタリと止まる。
黒い箱からおりてきたのは、「機械生命体」。けれど、さっきの巨大なヘビのような恐ろしい個体ではない。それはフィオよりも背丈の低い、鉄の人形のような姿をしていた。
「オドロカセテシマッテ、申シ訳ナイ」
身を投げ伏して謝る機械生命体に、フィオと『彼女』は拍子抜けした。
かつては人類の軍と戦争をしていたという機械生命体も、今では全個体が兵器として活動しているわけではないようだ。
この機械生命体は、人類の遺物を集めて、この黒い車──トレーラーに積み、自分の拠点まで運んでいる最中だったという
そこで、巨大な機械生命体に接近している少女達を見つけ、危険を知らせるために追いかけていたというわけだ。
「えっ……じゃあもしかして!」
──フィオは突然、機械生命体に話しはじめた。彼が人類の遺物を集めているのなら、彼女達が捜している「友達」の手がかりも知っているかもしれない。
「……残念ナガラ、ソノヨウナ情報ハ持ッテイナイ」
ガッカリするフィオに向けて、機械生命体は続けて説明した。自分達の拠点には沢山の遺物がある。あるいはその中に、「友達」の手がかりを見つけることができるかもしれない、と。
フィオの目に、小さな希望が灯る。
「これでカノちゃんのお友達、見つけられるかもしれないね!」
うれしそうに荷台に飛び乗りこみ、期待に胸を膨らませるフィオ。けれど、その様子を見つめる『彼女』の心には、別の感情が渦巻いていた。
——本当は、分かっているのだ。どれだけ捜したって、かけがえのない友達だった『彼』にはもう会えないと。
だって『彼女』は、『彼』の最期を見ていたから……
でもそんなこと、フィオには言えない。
『彼』にはもう会えないと。そう言葉にしたとき、自分がどんな顔をしてしまうか分からないから。
フィオは自分のために、大切な友達であるレヴァニアと別れてまで一緒に来てくれたのだ。そんな彼女に、寂しい気持ちを見せるだなんて、勝手なことはできるはずがない。
トレーラーのエンジンが唸り、車輪が砂を巻き上げる。真っ白な砂漠には、まっすぐな車の轍が刻まれていた。
*
トレーラーに揺られて二人が辿り着いたのは、砂漠の真ん中にぽつんと立つ巨大な建物。銀色の外壁が陽の光を反射してキラキラと輝いている。その形はまるで船のようで、さながら座礁した難破船のようだった。
機械生命体の案内で中に足を踏み入れると、そこには見たこともない品々がずらりと並んでいた。透明なケースの中には不思議な形をした機械が収められ、壁には巨大な星の絵が掲げられている。フィオは不思議そうに辺りを見回した。
「ここって……何をするところ?」
「科学館。宇宙のこととか……人類が研究していた色んなことが展示されてるんだ」
フィオの呟きに、『彼女』が答える。
かつて人類の記憶を観測する役目を担っていた『彼女』は、いつもこうやってフィオが知らないことを教えている。
「宇宙って?」
フィオが質問を重ねる。知らないのも無理はなかった。彼女が元々暮らしていたところでは、一般的ではない知識だ。
『彼女』はフィオに、宇宙とは、月や星が輝く地球からずっと遠い場所のことをいうのだと教える。
「じゃあ、わたしも宇宙から来たんだね」
そう言ったフィオに、ちくりと『彼女』の胸が痛む。フィオに地球へ来る選択をさせてしまったことを、『彼女』はずっと後悔し続けていた。
ふとわき上がったそんな気持ちを振り払って、あたりを見回す。機械生命体はいつの間にか、先に進んでしまっていた。
しかしフィオは展示を眺めるのに夢中のまま。
「カノちゃん、他のも見にいこう!」
フィオは『彼女』の手を引くと、科学館の中を駆け出した。
ロケット、人工衛星、大きなアンテナ、天体望遠鏡に隕石の欠片……
あれはなに? これはなに?
そう尋ねるフィオに、『彼女』は一つずつ丁寧に教えていく。声が枯れそうだと思ったけれど、フィオに「カノちゃんはなんでも知ってるね」と言われると、不思議と悪い気がしない。
それから二人は、ドーム型の部屋に辿り着いた。
部屋には窓がない。頼りになる灯りは、開け放された入口の扉から射し込んでくる日差しと──ひと足先にそこへ来ていた、機械生命体の目から放たれる光だけだった。
「ココハ、オレノ好キナ場所ダ」
フィオと『彼女』の目が暗がりに慣れてくると、辺りの様子がぼんやりと見えるようになった。
中央の不思議な機械を取り囲む無数の座席。首を傾げるフィオに、ここはプラネタリウムというのだと『彼女』が教える。
それから二人は気が付いた。座席の一つに、二人を案内してくれた彼とよく似た姿の機械生命体が座っていることに。けれどそれは、動いていないようだ。
「この子は……?」
フィオが尋ねると、彼は話しはじめた。
今はもう動かなくなってしまったけれど──これは、自分の大切な友達なのだと。
かつて彼らは、二人であてもなく砂漠を彷徨いながら、この科学館に辿り着いた。そうしてここが「人類の叡智の結晶」であることを知っていくうちに、宇宙に憧れるようになったのだという。
二人が科学館の中で特に興味を抱いたものこそ、このプラネタリウム。説明書によれば、中央にある投影機で、ドーム型の天井にキラキラとした星空を映すことができるらしい。けれど二人がここに辿り着いたときにはもう、投影機は壊れてしまっていた。どうにか直そうとしたものの、方法が分からないまま長い時が過ぎて──
今から15年前。友達の機械生命体が、ついに動かなくなってしまった。コアが壊れたのだ。もう、永遠に動くことはないだろう。
「オレモイツ壊レルカワカラナイ……」
そうなる前に、なんとか友と一緒に夢見たことを叶えたい。いつかは必ずこの部屋に星を輝かせるのだ。機械生命体はそう話した。
「ねえ。この……ぷらねたりうむ。みんなで直せないかな?」
フィオは投影機を見つめながら、ぽつりと言った。
大切な友達に先立たれた、機械生命体の悲しみ。
彼が友と共に叶えたかった願い。
フィオは、それらを自分ごとのように感じているのだろうと『彼女』は思った。きっと彼女はいつも、他人の痛みまで背負ってしまう人間だ。
自分もプラネタリウムの修理を手伝えば、今フィオが一人で背負おうとしている機械生命体の悲しみを分け合えるだろうか。
それは、フィオにレヴァニアとの別れを選ばせてしまった罪悪への償いになるだろうか……
そんなことを考えながら、『彼女』はフィオの提案を受け入れた。
*
『彼女』はかつて観測していた人類の記憶を頼りに、プラネタリウムの投影機を修理する方法を考え出した。
まずは照明を整備して、暗い部屋の作業環境を整える。それから『彼女』の指示のもと、三人で館内の展示物や運ばれた積み荷から使えそうなパーツを集め、試行錯誤しながら修理を進めていく。
そして今、三人は星を映すために必要なレンズを探して科学館の中を回っていた。
「あ、あれ!」
目を輝かせたフィオが頭上を指さした。天井から吊り下げられた人工衛星の模型。そこに、きらりと光るカメラのレンズが取り付けられているのが見える。
しかし三人のうち誰が背伸びをしたって、そこには手が届かない。がっくりする機械生命体に、フィオが優しく声をかける。
「私に任せて!」
フィオは近くに展示されていた大きなパラボラアンテナによじ登ると、そこから人工衛星の模型に飛びついた。
彼女は器用に人工衛星のレンズを外し──けれど次の瞬間、その小さな体が空中に浮くのが見えた。見ていた二人が声を上げる前に、フィオはどさりと床に落ちていた。
「大丈夫?」
『彼女』はフィオの傍へと駆け寄った。
「えへへ、大丈夫だよ」
フィオは恥ずかしそうに、上体を起こした。高いところから転げ落ちたというのに、しっかりとレンズを握ったまま。その健気な手が、『彼女』の胸を苦しくさせる。
「……私、いつも君に無理をさせてる」
『彼女』の胸に、フィオに謝りたいことが溢れだす。
砂漠でフィオが疲れていることに気がつかず、連れまわしてしまったこと。投影機を直せると言ったのは自分なのに、一人では満足に部品集めもできないこと。
そして──自分のせいで、フィオを地球に来させてしまったこと。大切な友達と、別れさせてしまったこと。
何から話そうか、言葉を詰まらせる『彼女』にフィオは言った。
「わたし、無理してないよ。心配させちゃって、ごめんね」
『彼女』はいつも色んなことを教えてくれる。だから自分一人じゃ見れないような世界も、カノちゃんと一緒にいれば見える。それがすごくうれしくて、楽しいのだと。だから、無理なんてしてないのだと……
そう言ってフィオは、優しく微笑んだ。
『彼女』には、まだフィオとの向き合い方が分からない。けれど、その言葉に嘘がないことは分かる。
フィオが嘘をつけないような純粋な人間であることは、今まで何度も思い知らされてきたのだから……
そして、投影機の修復作業は続く。何度も失敗して、けれどそのたびに三人で励まし合いながら。
しかし館内中からパーツをかき集めたにも関わらず、まだ修理に必要なレンズが足りない。人工衛星のカメラ、機械生命体が集めていたガラクタ。使えそうなものはもう、すべて使ってしまっていた。
どうしようかと、少女二人が困り顔で見合っていると──
「レンズナラ……オレタチノ……」
機械生命体が、自身の眼と友達の眼に用いられているレンズを、それぞれ一つずつ使ってほしいと言った。
フィオと『彼女』は驚いて彼を止めようとする。それは今すぐに投影機を完成させる唯一の方法かもしれないけれど、何も体の一部を犠牲にする必要はない。しかし、彼には生き急ぐ理由があった。
「オレハ、イツ動カナクナルカ、ワカラナイ」
機械生命体は、プラネタリウムのシートでじっと天井を見上げている友を見つめた。
「心配スルナ。友ナラキット、ソウノゾンダ」
機械生命体の言葉には、確かな強い意思が込められている。『彼女』とフィオは顔を見合わせて、静かに頷いた。
遠い昔。彼らがまだ人類と戦うための兵器だった頃から、色んなものを見つめてきた瞳。長い年月の間に傷だらけになっていたレンズは二人の体を離れ、これからは投影機の中から星々を見つめ続けることになる。憧れ続けた、宇宙を。
『彼女』が、二人の眼を慎重に外す。
フィオが、そのレンズを丁寧に磨き上げる。
それは祈るような時間だった。
レンズが揃うと、『彼女』は仕上げの作業を終えた。
フィオと『彼女』、そして機械生命体の三人が力を合わせて作り上げた投影機は、どこか不格好だったけれど、それでも確かにそこに完成したのだった。
『彼女』、フィオ、壊れた機械生命体と、その友達の彼。四人は横並びのシートに座って、投影機が映し出した満天の星空を見上げた。
「きれい……!」
ドームいっぱいに、星々が広がった。暗い空に、きらきらと輝く無数の光。月が静かに浮かびあがってきて、フィオ達を銀のきらめきでほのかに照らす。
「コレガ、ウチュウ……キレイダナ、ウレシイナ」
機械生命体が、友に語りかけるように言う。
その横で、フィオが『彼女』の方を見る。
「カノちゃんのおかげだよ。ありがとう」
フィオの目は、夜空の星よりも輝いているように見える。その表情につられて『彼女』も、そっと微笑み返したのだった。
*
ゆっくりと天井を回っていた星が、突然ぴたりと止まる。
「あれ?」とフィオが口にした瞬間、部屋に女性の声が響き渡った。
驚くフィオと機械生命体に『彼女』は、これは「ナレーション」といって、星にまつわる様々なことを説明するプラネタリウムの機能なのだと教えた。
それから三人は、静かにナレーションに耳を澄ませる。
──遠い昔から、人類は夜空に輝く遠い星々に焦がれてきた。
だから文明が宇宙の存在を知ったとき、地球の外を旅してみたいと願うのは必然的なことだった。
最初に目指したのは、月。
地球と引力で引きあう、一番近くで輝く星。
そうして人類は、様々な方法で月を目指した。
そのうちのひとつに、“アポロ計画”と呼ばれるものがある……
「みんな、宇宙に行って何をしたかったんだろう?」
フィオが言った。
質問に答えるのはいつも『彼女』の役目。『彼女』は頭の中で沢山の答えを用意する。そしてもっとも、フィオにぴったりなことを選んで言った。
「ヒトは……伝えたかったんだと思う。地球という星に込められた沢山の思い出を、宇宙にいるかもしれない誰かに」
ナレーションが終わり、プラネタリウムの星々が動き出す。
止まっていた時計が再び時を刻むように、夜空の光が軌道を描いて部屋いっぱいに流れていく。
『彼女』は、今ならずっと言いたかったことを言えると思った。
「……私と一緒に、もう一度レヴァニアに……カイブツさんに会う方法を、捜しにいこう」
自分のせいで、フィオとレヴァニアを別れさせてしまったこと。自分のために、もう会えない『彼』を捜し続けてくれること。
『彼女』は今までずっと、それを後ろめたく思っていた。
だけど今なら信じられる。フィオは絶望のためにレヴァニアと別れを選んだのではなく、希望のために地球へ来てくれたのだ。ひとりぼっちだった、この手をとって。
それならば、自分がやるべきことは罪悪感を抱くことじゃない。フィオが自分の孤独を癒そうとしてくれたように、今度は自分がフィオに希望を見せてあげたい。
「……ありがとう、カノちゃん」
フィオはそう言って微笑んで──けれどその頬には、涙がつたっていた。それは、フィオの中で、ずっとしまい込んでいた感情だった。
ずっと笑っていた。ずっと元気でいようとした。
でも、本当は——
「わたしね……もう、カイブツさんには会えないと思ってたんだ」
プラネタリウムの光を受けて、きらきら光るフィオの涙。『彼女』はそれを見て、初めて気がついた。
大切な人にもう会えない。その諦めは、悲しみは、一緒だったんだ。ずっと一人じゃなかったんだ。
『彼女』はフィオをそっと抱き寄せる。二人の間に、もう言葉は必要としなかった。互いに涙を拭いあって、笑う。プラネタリウムの星々が、それぞれの想いを祝福するように瞬いていた。
そうして。プラネタリウムが完全に復旧したのを見届けた二人は、科学館を後にした。
「アリガトウ」と繰り返して二人との別れを惜しんだ機械生命体は、これからもあの場所で、壊れた友と二人で過ごすという。
そして彼は、これからもっと宇宙のことを調べてみると言った。
次は、友と一緒に宇宙に行ってみたい……それは、自分もいつ友のように動かなくなるか分からないからと、知らず知らずのうちに諦めていた夢。けれど、不可能に思えた投影機を修理したフィオや『彼女』を見ていたら、自分にもまだできることが沢山あると思えたのだと。
──また再会することがあるかもね。
フィオと『彼女』は、彼にそう言った。
二人もまた、これから宇宙に行く方法を探すための旅をすることにしたからだ。
宇宙、月。
かつて人類が、一番最初に向かった星。
フィオやレヴァニアがいた『檻』も、月面にあったという。
だから、月に行けばまた彼に会えるかもしれない。
友達というのは、引きあう二つの星。きっと、地球と月のようなものだから。
きっと大丈夫。人類は「アポロ計画」の宇宙船で月に辿り着くことができたのだ。自分達だって月にいけるはず。
それぞれの大切な友達に巡り会うため、少女達は再び真っ白い砂漠の中を歩んでいた。
道すがら。『彼女』はふと、ポケットの中から小さなものを取り出した。機械生命体が、記念にとくれたものだという。
「ねえ、これ——君に」
『彼女』の手のひらには、キラキラと光る星型の指輪が二つ。子供向けに作られた玩具のようだった。『彼女』がそのうちのひとつを、フィオの指にはめてあげた。フィオが、わあっと歓声をあげる。
それから『彼女』は静かに、まっすぐに、フィオのことを見つめて続けた。
「私は、君と……友達になりたい」
フィオが目を瞬かせて返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そうして二人は、また歩き出した。
風が、ふわりと砂を巻き上げて少女達の足跡をかき消していく。二人の旅立ちを見送っているかのように。
*
投影機が映し出す星空の下、機械生命体は集めた人類の遺物を整理していた。
その中にある通信用のパーツが投影機に干渉する。
ドーム状の部屋いっぱい映し出されたメッセージ。それは遥か遠く、宇宙からの信号。
それは再び逅えるときまでの足跡を示す、決して消えることのないコード——