7.
NieR Replicant
「流転ノ記録」-分岐点-
大切な妹を自分のせいで死に追いやる。それが妹を救うために、世界を滅ぼす選択をした男の哀れな結末。アンテナの中に記録されていた記憶。
……光は完全に潰えた。
記憶のない僕をここまで導いてくれた、僕と同じ顔をした少年──魔王は言う。
「実はね、世界は沢山の可能性に枝分かれしているんだ。そのアンテナの中に記録されていたのは、分岐のうちの一つ。酷い人生だっただろ?」
分岐の一つ。僕はよく分からないままに繰り返した。
「……じゃあ、ヨナがあんな目に遭わずに済む分岐もあるということ?」
少年は首を振る。
「僕らはどの分岐でも必ず世界を破滅に導く罪を犯し、ヨナを不幸にしてしまう」
そんな……と、呟いた喉の奥が酸っぱくなった。
まだぼんやりとしていた絶望的な感情が、次第に実感を伴って戻ってくる。
僕は、ヨナの亡骸に触れた感じを思い出していた。最初は柔らかくて、けれど次第に硬く、冷たい人形のように変わっていく彼女のことを。
僕は立っているのも苦しくなって、アンテナの前に膝をついた。
「でも、一つだけ運命を変える方法がある」
少年が僕に手を差し伸べる。
「かつて黒の書と契約した僕と、白の書と契約した君……僕らには特別な魔力がある。だから二人で力を合わせれば、新しい分岐を作ることができるはず」
「本当に、そんなことが?」
そんな都合のいいことが、ただで起こせるものだろうか。
「もちろん代償はある。でも、そんなに悪いことじゃない」
僕の考えなどお見通しだ、というように少年は言った。
そして、ガシャンと音が鳴る。
この空間にある数多のアンテナが、みんな僕のほうへと向いていた。
「代償は一つ。ここに来るまでに君が見てきた人々の記憶……後に続く時代が、なくなること」
少年がそう言った瞬間。無数のアンテナから溢れ出した文字の奔流が、僕を圧し潰すように取り囲んだ。
──見える。人々の記憶が。
海に溺れて、息継ぎをするときに見る光のように。
あれは……僕の仲間達。
人々から忌み嫌われ、居場所を失っていたカイネ。望まずして使命を背負うことになったシロ……白の書。一人残されて、数千年にわたって孤独に戦い続けたエミール。
そして、地球を侵略したエイリアンが放った機械生命体。戦ったのは、人類が遺したアンドロイド達。
もう人類もエイリアンも姿を消したというのに、彼らは戦い続けた。戦うために戦う必要があった。
だから真実を隠し、敵も味方も関係なく、嘘だらけの世界で殺しあった。
滅びた世界の形を維持するためだけに、多くの命が、心が、壊された。
一体、誰が争いを望んでいたのだろうか。
一体、誰が安寧を望んでいたのだろうか。
本当は誰も、何も望んでいなかったんじゃないか。
そんな記憶を、少女と怪物は『檻』の中から見つめていた。人類の歴史は、罪の歴史だった。
誰も、何一つ分からなかった。すでに滅びた、器だけが遺された世界で、それでも存在してしまった理由が。だから、手を繋ぐしかなかった。
手を──
隣にいる誰かの、手を。
真実を欲したアンドロイドの少年と、彼を殺し続けた少女。平和を愛した機械生命体と、復讐に囚われたアンドロイド。迫害され続けた少女と、飢えた怪物。両親のためにすべてを捧げ、憎しみ、殺しあった制服の姉弟。繰り返す時の中で、滅びゆく人類を見つめ続けた『彼女』と『彼』。
そして、僕達。
ヨナを救うために共に旅をしてくれたシロ、カイネ、エミール。
みんな、手を繋いでいた。
明日命を失っても、心だけは離れないようにと。
世界に足掻く術は、それだけだった。
ふと、僕は手に温もりを感じた。
気づけば、ヨナが僕の手を握って傍らに立っている。
彼女は寄せては返す記憶の波を、光の灯る瞳で見つめていた。
僕が滅ぼしてしまった世界に残された歪な記憶。
けれど、それを見つめるヨナの瞳には光が映っていた。
そうして彼女は何も言わずに微笑んで、僕の傍から消えてゆく。
いかないで、と手を伸ばすことさえ僕に許さずに。
「君の答えは決まった?」
少年──魔王の声で、僕の意識は記憶の世界から呼び戻された。
彼は僕に手を差し伸べて、僕が答えを出すのを待っている。
……僕はどうするべきだろう。
僕が世界を滅ぼしたこと。
その罪を受け入れてしまえば、ヨナを悲しい結末から救うことはできない。
けれどそれに立ち向かえば、僕はヨナを不幸にしてしまうことだけは免れるだろう。ただし、後に続く人々が生きる時を代償にして。
ならば、僕の答えは──
……光は完全に潰えた。
記憶のない僕をここまで導いてくれた、僕と同じ顔をした少年──魔王は言う。
「実はね、世界は沢山の可能性に枝分かれしているんだ。そのアンテナの中に記録されていたのは、分岐のうちの一つ。酷い人生だっただろ?」
分岐の一つ。僕はよく分からないままに繰り返した。
「……じゃあ、ヨナがあんな目に遭わずに済む分岐もあるということ?」
少年は首を振る。
「僕らはどの分岐でも必ず世界を破滅に導く罪を犯し、ヨナを不幸にしてしまう」
そんな……と、呟いた喉の奥が酸っぱくなった。
まだぼんやりとしていた絶望的な感情が、次第に実感を伴って戻ってくる。
僕は、ヨナの亡骸に触れた感じを思い出していた。最初は柔らかくて、けれど次第に硬く、冷たい人形のように変わっていく彼女のことを。
僕は立っているのも苦しくなって、アンテナの前に膝をついた。
「でも、一つだけ運命を変える方法がある」
少年が僕に手を差し伸べる。
「かつて黒の書と契約した僕と、白の書と契約した君……僕らには特別な魔力がある。だから二人で力を合わせれば、新しい分岐を作ることができるはず」
「本当に、そんなことが?」
そんな都合のいいことが、ただで起こせるものだろうか。
「もちろん代償はある。でも、そんなに悪いことじゃない」
僕の考えなどお見通しだ、というように少年は言った。
そして、ガシャンと音が鳴る。
この空間にある数多のアンテナが、みんな僕のほうへと向いていた。
「代償は一つ。ここに来るまでに君が見てきた人々の記憶……後に続く時代が、なくなること」
少年がそう言った瞬間。無数のアンテナから溢れ出した文字の奔流が、僕を圧し潰すように取り囲んだ。
──見える。人々の記憶が。
海に溺れて、息継ぎをするときに見る光のように。
あれは……僕の仲間達。
人々から忌み嫌われ、居場所を失っていたカイネ。望まずして使命を背負うことになったシロ……白の書。一人残されて、数千年にわたって孤独に戦い続けたエミール。
そして、地球を侵略したエイリアンが放った機械生命体。戦ったのは、人類が遺したアンドロイド達。
もう人類もエイリアンも姿を消したというのに、彼らは戦い続けた。戦うために戦う必要があった。
だから真実を隠し、敵も味方も関係なく、嘘だらけの世界で殺しあった。
滅びた世界の形を維持するためだけに、多くの命が、心が、壊された。
一体、誰が争いを望んでいたのだろうか。
一体、誰が安寧を望んでいたのだろうか。
本当は誰も、何も望んでいなかったんじゃないか。
そんな記憶を、少女と怪物は『檻』の中から見つめていた。人類の歴史は、罪の歴史だった。
誰も、何一つ分からなかった。すでに滅びた、器だけが遺された世界で、それでも存在してしまった理由が。だから、手を繋ぐしかなかった。
手を──
隣にいる誰かの、手を。
真実を欲したアンドロイドの少年と、彼を殺し続けた少女。平和を愛した機械生命体と、復讐に囚われたアンドロイド。迫害され続けた少女と、飢えた怪物。両親のためにすべてを捧げ、憎しみ、殺しあった制服の姉弟。繰り返す時の中で、滅びゆく人類を見つめ続けた『彼女』と『彼』。
そして、僕達。
ヨナを救うために共に旅をしてくれたシロ、カイネ、エミール。
みんな、手を繋いでいた。
明日命を失っても、心だけは離れないようにと。
世界に足掻く術は、それだけだった。
ふと、僕は手に温もりを感じた。
気づけば、ヨナが僕の手を握って傍らに立っている。
彼女は寄せては返す記憶の波を、光の灯る瞳で見つめていた。
僕が滅ぼしてしまった世界に残された歪な記憶。
けれど、それを見つめるヨナの瞳には光が映っていた。
そうして彼女は何も言わずに微笑んで、僕の傍から消えてゆく。
いかないで、と手を伸ばすことさえ僕に許さずに。
「君の答えは決まった?」
少年──魔王の声で、僕の意識は記憶の世界から呼び戻された。
彼は僕に手を差し伸べて、僕が答えを出すのを待っている。
……僕はどうするべきだろう。
僕が世界を滅ぼしたこと。
その罪を受け入れてしまえば、ヨナを悲しい結末から救うことはできない。
けれどそれに立ち向かえば、僕はヨナを不幸にしてしまうことだけは免れるだろう。ただし、後に続く人々が生きる時を代償にして。
ならば、僕の答えは──