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REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第004章] 4-1

強行軍

担当:スティール・フランクリン

ゴリーニ湖の西端から南へと下る大河は、途中から東西2つの河に分かれる。
東側を南下するのが『ゴリーニ河』、西側を南下するのが『カッシーオ河』といい、ともに陸中海の北岸『カシオタ海』に流れ込んでいる。

俺たちは、このカッシーオ河の方を船で下って目標のカシオタの街まで行くことになる。

現地カシオタの街の異常なまでの高潮が、どのくらいのものかにもよるが、しばらくはのんびりとした船旅になるだろう。

...と、昨夜、村長から教えてもらったカシオタまでの地形を皆に披露していると、はしけの船頭が出発の時刻を告げに来た。

  ***

船側に当たる波の音が聞こえる...。
船倉から見上げる甲板には、いくつかの木の節が空いていて、そこから幾筋もの陽光が差し込んでいる。

たしか、河下りを始めてから2日目になるはずだ...。
大あくびをしながら甲板に出てみると、すぐ隣でルーファスが真っ青な顔をしてうずくまっている。

こんなあまり波も立ってもいない河下りで船酔いらしい...。
クレアに酔い止めの薬でももらうよう勧めると、とっくに飲んでいるとのこと。

「酒でも飲んで、船倉で寝ちまった方がいいんじゃねぇか?」
俺の無責任な物言いに、(...いいから話しかけないでくれ)とばかりに手を振るだけのルーファスだった...。

「もうこの辺りは、血砂じゃないんだねぇ」
舳先の方を見てみると、サンディとクレア、そしてこの交易船の船頭が岸の風景を眺めていた。
(地図作りに何か役立つ情報が聞けるかもしれない)...俺は、3人に近づいて聞き耳を立てた。

  ***

血砂荒野の西への広がりは、ゴリーニ湖ぐらいまでといわれている。
俺たちが下っているこの辺りは、ゴリーニのように湿地も多いが、クランブルスの内陸部に比べれば緑も豊かで、農作にも適した土地も数多く点在しているらしい。

ここより西を、クランブルスの『西海岸』と呼び、『クランブルス四家』の領地が集まる"富の象徴"ともいわれている。

当然、クランブルス四家のことは、ルクセンダルク出身のサンディは知らない。
また、錬金学のことしか頭になかったクレアも知らないようだ。
かくいう俺も...、四家が途方もないぐらいの富を持ち、国中の人から畏怖されていること以外は、名前ぐらいしか聞いたことがない。

船頭曰く、『四家』とは、クランブルスを代表する4つの名家総称のこと...。

領内にクランブルス新都がある四家の筆頭『アルデバイド家』...。

クランブルスの西端に位置し、その名が海洋の名にもなっている『オーベック家』。

陸中海に面した良港を有す『カッシーオ家』。

エサカルモ火山南麓からゴリーニ湖西岸までを治める、『カルモ家』。

"最後の貴族"と謳われるテロール将軍は、オーベック家の臣下であったし、かの宰相ランケード伯でさえ、四家に比べれば一段も二段も家格が落ちるといえるのだという。

船頭は、クランブルス共和国旗の図案を例に挙げる。
共和国旗は、血砂に映える新緑色の地に、4本の石柱の図案になっている。
かたや、クランブルス"王国旗"といえば、4本の石柱が支える石の屋根が図案化されている。
これは、『四家』がよく王家を支えたことを表している。

クラム842年...クランブルスは王制が廃止されて、翌843年にはクランブルス共和国となった(この年が共和元年。以降、クラム暦は使われていない)。

さらに2年後の共和3年...、王制に続いて貴族制が廃止されると、国中の貴族はその封地を国に返納することになるのだが、『四家』は長い年月を経て封地を私領化しており、貴族という特権を失った後も、以前と変わらぬ富と権力を続けているといえる。

豊かな土地を占有するクランブルスを陰で操る4つの元大貴族...。
それだけ聞くとさぞかし民から嫌われていそうな印象があるが、実際は違う。

クランブルス四家とは、400年前、クランブルス王国に大乱が生じた時に、放浪の王を助けた4人の勇者『四剣』の末裔...国中の子どもたちに愛読される童話『放浪王と四剣の物語』の題材ともなっていて、民からの人気は非常に高い。
(クレアは、このくだりで初めて反応を示した。俺は、その童話も名前ぐらいしか知らなかった)

以降、四家は王家を支え続け、時には王家の過ちを諌止してクランブルス王国を、ヴェルメリオ西方諸国一の王国へと繁栄させてきた。

しかし、約150年前の『世界教放逐』から四家と王家の間に隙間風が吹きはじめ、30年前に起きた、世界教信徒による『クランブルス王ドミニクの暗殺事件』をもって、両者の亀裂は、誰の目にも明らかになった。

それは、国境に近い王都(現、ザレルの都『大都』)の遷都を『四家』が主張したのに対し、先王(ドミニク)の寵愛をよいことに国政を壟断する宰相ランケード伯が激しく対立したことに端を発し、その先王が、150年も前に追放された世界教の信徒によって暗殺されると、ランケード伯は四家に図ることもなく、幼い王子ブルースを、第41代国王に即位させてしまう。

国論は『四家派』と『勤王派』に二分して浮足立つ中、ザレルの侵攻が始まり、22年前には『四家』が予想した通り王都が陥落してしまう。
宰相ランケードはザレルに投降したところ斬殺され、虎口を脱した幼王ブルースを四家は自領に迎え入れ、アルデバイド家領内にあった街を、『新都』として新たに拓くなどして王家に尽くした。

  ***

マスト上の見張りから、カシオタの地に近づいたことが知らされる。
あわただしく下船の準備に取り掛かる船員たち...船頭もまた例外ではなかった。
軽く手をあげて挨拶して去ってゆく船頭のそばでは、ルーファスがよろよろと、まるで生まれたての小鹿のように立ち上がろうとしていた。

  ***

船は、高潮の影響で水かさが増している河口へは行かず、カシオタの街よりもかなり上流にある渡し場で停船し、俺たちもそこから街まで歩くことにした。

船の上から眺める景色と比べて、それほど緑にあふれているような感じはせず、むしろ、ゴリーニ湖の周辺と似たような情景が広がっている...。

ルーファスは、まだ体が揺れているような感じがする...と、少し歩いては立ち止まるのを繰り返していたが、状況がそれを許さなくなった。

前方の岸に、水中から大きな影が上がってくるのが見え、サンディは大剣を構える...。

やれやれ...と、かぶりを振って「何か気つけになる物をもらえないかな?」と、尋ねるルーファスに、クレアがカバンから取り出したのは、『ドライ激酸レモン』と『ザレル鬼山椒』の2つだった...。

俺とサンディが、魔物に初撃を食らわせる頃、後方で「イィイイイイイ~~ッ!!」というルーファスの叫び声が聞こえてきた...。
ルーファスは、どちらの気つけを口にしたのだろうか...。

  ***

何度も高潮に襲われたのであろう...土砂に飲まれ、樹々がなぎ倒された大地を歩くこと半日...俺たちは、『カシオタの街』へと到着した。

(また濡れるのか...)と靴を脱ぎ始めるルーファスを、足をケガするからやめな...とたしなめるサンディ。

膝下まで水に浸かりながら街へと入ってみると、想像以上の被害だった。

下町一帯はすっかり水に浸かる一方、大型船が入ってこられるほどには水深は深くはなく、復興がなかなか進んでいない...。
庶民の生活自体がままならなく、交易や観光などとは言っていられない状況だ。

クレアが持つランタンが、少し瞬いた気がした俺は、この高潮も水の息吹が関係しているのかどうかを尋ねてみた。

姿を現したルミナが、自身の羽を指さすと、水色の紋様が反応を示している...。

「あの教授って人、最初からわかってたのかもしれないわね」
どうしてそう思うのか...クレアの問いに腕組みをしたルミナが不機嫌そうに続ける...。

「錬金術師だからよ。彼らは勝手に私を創り出したくせに勝手にやめて、私からあの子を奪っていった...」
そう言うと、それ以上の質問には答えないとばかりに、姿を消してしまう。

  ***

またもや賢者の間へトンボ返り...。
カシオタの街に着いて早々なのに...ルーファスじゃなくてもウンザリだったが、こんな状況では、一夜のベッドにすらありつけるかどうか心許ない。

見れば、腹を空かしてそうなガキが数人、こちらを窺っている...。
俺たちは、2日分の食糧だけを残して、残りはカシオタの民に放出することにした。
クレアは、ブブちゃんとやらに「人が食べられそうなものを全部ここに出して」と命じると、周囲はあっという間に物資で溢れた。

(食用油にのど飴、ポーションまで...こんなもん食えんのかよ)
半信半疑ではあったが、俺は、とりあえずガキどもを呼び寄せた。

「さあお前ら、飯だぞ。少ないけど、ちゃんとみんなで分けるんだぞ」

  ***

数日後、俺たちは再びゴリーニ村にいた。
戻りは陸路ではなく、運よくゴリーニ行きの商船に乗せてもらい、風にも恵まれて思ったより早い日程で帰ってくることができた。

来る途中、陸地で船を引っ張る人たちを見つけたが、『船引衆』といって河口まで下った船やはしけを人力で引っ張って船舶を遡上させることを生業とする人たちだったらしい。
遡上し始めて3日目、手持ちの食料が尽きてしまったが、サンディが大ナマズを釣り上げてくれたので何とかなった。
行きも帰りも災難だったのは、船酔いで終始グロッキーだったルーファスだけ...酔い止め薬までもカシオタに置いてきたせいでなおさら...ということになる。

  ***

村でゆっくり休んでゆくことを勧める村長と婿殿に、すぐにでも出立することを告げ、驚く2人にカシオタへの食糧の支援を依頼する。

婿殿の船団で、村中の食糧を大至急カシオタへ届けることを快諾してくれた2人...。
デバコフ教授に頼んで、ブラスからも支援物資を送ってもらうよう掛け合うことを約束すると、婿殿はさっそく物資運搬の準備に取り掛かってくれた。