BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS
REPORT錬⾦ゼミ活動レポート
[第9章] 9-5
賢者の意思
「だから、とんでもない軍団が、ブラスの街に攻めてくるかもしれないんだって!」
「ああ、西方の交易商やキャラバンは、みな避難を開始しているんだ」
ブラスの広場では、西から逃げてきた交易商たちが住民たちに対してしきりに危険が迫っていることを吹聴している。
しかし、実際に軍団を目の当たりにしたわけでもない住民たちにとって現実味はないらしく、誰もがすぐに避難を開始する様子はなかった。
そんなやりとりを眺めていたクリッシーにイヴァールが声をかける...。
「クリッシー、デバコフ教授が呼んでいるよ。ボクと一緒に大講堂へ行こう」
最近、この2人は教授から依頼された雑務をこなすうちに、2人で飲みに行くぐらいには仲がよくなっている。
(僕たちとは違う飲み屋の常連らしい)
イヴァールからするとあまり反論せずに話をしっかり聞いてくれるクリッシーが好ましく、クリッシーにとっても迷いのない意見をズバズバ言うイヴァールが頼もしく思っていて、何かと馬が合うらしい。
2人は、街の様子を確認し合い、教授に報告すべく大講堂へと向かった。
***
「そうでスカ...。8つの息吹はすべて揃い、『クリスタルの御子』が誕生しタト...」
クレアからの報告を受けたデバコフ教授であったが、僕が想像していたような両手離しでクリスタルの誕生を喜んでいる感じではない...。
どこか憂いのある表情を...している...のか? 大陸ペンギンの表情はよくわからない。
ルミナは、残念な知らせも付け加える...。
教授は、ザレル側でも原初のクリスタルが誕生したかもしれないことを聞いても驚愕の表情を見せるわけでもなく、「胸騒ぎがする」というルミナのつぶやきだけには真剣にうなずきを見せていた。
ルミナは、僕たちには明かしていなかったもうひとつ思い出したことを開陳した。
それは、光の球について...。
とても古い秘術のひとつで、術者の命と引き換えに異世界から人や物を、望む時空に召喚することができるというものがあるのだという。
命と引き換えに...、そういった手合いの秘術はどこの世界にもあるもので、僕が専攻する魔法学でも2~3の存在は確認されている。
...であるのなら、サンディも僕も誰かの意思で、命の引き換えをもってこの世界にやってきたというのか?
「その誰かは、もうわかっているわ」
皆の視線が、一斉に割れたランタンに注がれる。
古の大錬金術師は死の間際、ルミナを守護する戦士を、ルミナが再び目覚める時空に呼び寄せるよう祈願して死んでいったのだという。
するとその術式は、対象を固定しなくとも発動条件さえ満たしていれば成立するものなのか、それともそれができるのは古の大錬金術師のような高等な術者に限られるのか...。
僕が、なるべく簡潔な質問にまとめようとしているうちに、
「じゃあ、ブラスの街に現われた来訪者たちは?」
「ヴェルメリオや、他の異世界に現われた、本来その世界にいないはずの魔物たちは...?」
クレアの質問が矢継ぎ早に繰り出される。
残念ながら、それらに関してはルミナもわからないようだった。
先ほどから教授が何かを考えて一言も発していない。
何か、思い当たる節でもあるというのだろうか...?
***
「王軍が狙っているのは、クレアなのデス」
教授のその言葉は、僕たちを驚愕させるに十分なものであった。
あのルミナでさえ目を丸くしている。
「そして、王が欲しているのは、クレアの中にある『賢者の意思』デス...」
(『賢者の意思』とはいったい...)僕がそう質問しかけるのをスティールがコートの裾を握って制し、教授に話を進めるよう促す。
教授は、一言一言、言葉を選びながら話し出す...。
21年前のブラスの街がザレル軍に襲撃された時の戦いで、クレアの両親はザレル軍との戦闘で戦死した。
彼らは、(当時は旅の錬金術師であった)デバコフ教授が錬金学の手ほどきをした、いわゆる教授にとっての初めての弟子といってもよい。
2人は、街の人を、赤ん坊だったクレアを守りながら教授に後事を託して死んでいった...。
そして、クレアもまた、流れ弾に当たって瀕死の重傷を負ってしまう。
教授は、クレアの命をこの世につなぎとめるために、してはいけないとは思いつつクレアの体に『賢者の意思』を錬成したのだという...。
クレアの命を救った『賢者の意思』は、それでもなお膨大な力を発し続けた。
そのままでは、クレアの体はおろかブラスの街にも甚大な被害を与えるほどの力になってしまう...!
デバコフ教授は、迫りくるザレル軍に対してその力を利用した。
まるで、エタルニアの土のクリスタルのように...。
「それで...、その『賢者の意思』とはいったい何なんだ?」
いつの間にか裾を離したスティールが、僕の質問を代わりに聞いた。
教授はまた、黙りこくってしまった...。
***
一方、ザレルの都、大都の地下深く『繭の玉座』においても『賢者の意思』が話題に上っている。
大神官ヅクエフが、クランブルス王国の錬金術師だった頃...ザレル軍が国境を侵す数年前のこと...。
クランブルス四家の意向で、王都の地下深くに秘匿されていた『賢者の意思』を破壊する密命が下ったのだという。
『賢者の意思』とは、『騒乱の種』と対をなす秘宝...。
錬金術師カウラの怨念ともいえる強大な力を秘める『騒乱の種』に対し、カウラの情や理性が込められ騒乱の種の力を抑制しうる『賢者の意思』...。
四家は、いずれ王家から『騒乱の種』を奪うつもりでいて、それを抑制する『賢者の意思』が存在してはならないと判断し、王都に仕える錬金術師たちに手を回したといえる。
当時は、賤臣(せんしん=身分の低い臣下)とはいえ王国の錬金術師であったヅクエフは、四家の野望と王家の危機に気づき、ともに錬金学を修めた実の弟に『賢者の意思』を託し、王都から逃亡する手助けをしたのだという。
その実の弟が、今どこにいるのか...、生きているのかどうかさえヅクエフにはわからなかった。
弟の名を、デバコフという...。
***
再び、錬金の街ブラスの大講堂...。
デバコフ教授は、とても遠い昔の話を語りだした。
「『賢者の意思』を兄ヅクエフから託され、王都を脱した私は、各地を放浪しまシタ」
四家からの横槍で、錬金学の秘宝をひとつ破壊するよう密命がくだっていた。
錬金の徒として、そして王家に仕える者として、それは決して許されるものではなく、命をもってしてでも四家の野望は阻まねばならなかった。
兄ヅクエフと示し合わせたデバコフ教授は、王国の秘宝『賢者の意思』を私欲によって奪った犯罪者として追われることになるのを覚悟して、王都を後にした。
四家の息のかかった追跡は、それは厳しく執拗なもので、何度命の危険に晒されたことか...。
名を変え、一度ガーマ王国へ出国し身を隠すうちに、ザレル軍によって王都が陥落した報を耳にする。
混乱するクランブルス国内において、四家の追及もほとぼりが冷めた頃だろうと、帰国して遺跡の街ブラス入りした。
その半年後、ブラスの街をザレル軍が急襲したのだという。
デバコフ教授にとって、実の兄である錬金術師ヅクエフの安否はわからないという。
王都の戦いで死んだのか、王都陥落の際に野に下ったのか...。
『賢者の意思』と対をなす『騒乱の種』は、今もなおザレル都、大都の地下深くに眠っているはずだという。
***
「俺が、『賢者の意思』を手に入れる理由はただひとつ...四家が破壊するよう根回しをした存在、そしておそらく...あれはブラスの奇跡を引き起こした原動力...」
ブルース元国王が、40代続いた王族にしては野望に溢れた...言い方を変えれば品があるとはいえない笑みを浮かべる。
「あれはきっと、ザレルとの決戦に役立つ超兵器となるに違いない」
そうつぶやいた時、陣門にあの宣教師の姿が見えた。
「おお、来たか...!」
ブルース元国王は、厚手のマントを翻して宣教師を出迎えた。