BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS
REPORT錬⾦ゼミ活動レポート
[第9章] 9-20
使者
内堀に沈んだ数十両のエリートバエルは、当面の間引き上げられないことが決定したようだ。
王軍に破壊された城門や、建物の修理、城外に王軍が残していった木柵の除去や整地などが最優先になるそうだ。
王陣の木柵に関しては、さほど問題にはならないのだが、大規模な陣容に必ずついてくるのが、様々な地面に掘削された縦穴になる。
塹壕の跡、井戸を掘った穴、糞尿を廃棄するための穴など、様々な穴が何の目印もなく平原にあると思えばその危険性がわかるというもの...。
旅人の中継都市になっているブラスにとって、王陣の整地が急務であることは言を俟たない。
堀に落下したエリートバエルに関して、デバコフ教授などは
「魚たちの、いいねぐらになるでしョウ」
...などと、呑気に構えている。
(バエル内に残存する重油などをどうするか、イヴァールたち化学ゼミと協議している節もあるので、のほほんとしているわけではなさそうだけれど...)
サンディなどは、バエルが小魚の漁場になることを期待してほくそ笑んでいるが、どうだろう?
***
ブルース元国王とその一行は、血砂荒野を北西に向かい、新都を素通りするようにして海を渡り、機工島ゲレスへと向かうらしい。
かねてよりクランブルス共和国からの独立を望んでいた機工島ゲレスは、『クランブルス王属自治区』という複雑面妙な名称に変わることが決定し、将来的にクランブルス王領になるための交渉を続けているという。
ブルース元国王に付き従う兵は約300名。
エリートバエル5両が軍列にいるらしい。
内乱を起こした者が率いる300名の軍勢が、新都付近を行軍することに議会は大分揉めたらしいが、デバコフ教授とテロール将軍が誓紙を出すということで許可が下りたのだという。
仮にも元国王に従うのが、わずか300名とは世知辛いとみるべきか、敗残の王に従う忠義者が300名もいるとみるべきか...みる者の立場によってそれぞれだろう。
***
大講堂では、あらためて今回の王軍迎撃戦についての褒詞をもらった。
おかしな話だが、これはクランブルス評議会で議決された褒詞となる。
(スティールなどは、「くっだらねー」と来るのを嫌がっていた)
王軍本陣を突いて、元国王の反乱を止めた錬金ゼミナールへの褒詞は勿論のこと、ブラス内に侵入した王軍撃退に尽力したイヴァール、住民の避難を引率したクリッシーさんなども激賞されていた。
なにより、ブラスの防衛に多大な協力をしてくれた来訪者に対して、クランブルス共和国が正式にそれを認め、待遇の改善を約束してくれたのが大きい。
***
新都からの報告はまだあった。
国境の街ニーザの防衛について、テロール将軍が後任に指名したマイヨ・ネィズ兵長が、近く共和国軍中佐に任命されて、ニーザ防衛の全権を預かることになったそうだ。
兵士長から中佐へ...サンディは大抜擢だと感嘆していたけれど、私たちには何のことかさっぱりわからなかった。
ざっくりいえば、兵士長とは、あくまでも兵士階級の長である。
共和国軍にある兵士、下士官、尉官、佐官、将官というカテゴリの一番下にいる階級の長であり、本来一軍を指揮することはできないのだという。
それを、テロール将軍とデバコフ教授の強い推薦があったために、一軍を率いるために必要な階級にまで無理やり昇格させたというのが実情らしい。
(この時点でスティールとルーファスは生あくび。私もちんぷんかんぷんで混乱していたが)端的にいえば、10階級ほどの特進...だというので、それはめでたいことだと皆で納得したものだった。
***
次にクランブルス四家について...。
四家が私領化していた土地のほとんどは共和国に返納されることが決定したが、アルデバイド、オーベック、カッシーオ、カルモの各地名はそのまま残る。
(もっとも、王制が廃された時点で四家が土地を私領化したことが違法だったわけだが...)
ブルース元国王によって助命された各家の子息たちに政治的な野心はなく、新都で共和国から支給される年金をもらい平民としての人生を再スタートすることになったらしい。
(こちらも物は考えようで、政治的野心がない者だけが助命されたという側面もある)
クランブルス評議会や政府よりも権力を持つ四家が滅び、その所領が返納されて国庫も潤ったことになる。
『王の反乱』は、皮肉にも共和国の膿を一掃していったことにもなるようだった。
***
最後に...。
クリッシーさんが、婚約したことを発表した。
「うえっ...!?」
私とサンディとルーファスが、首がねじ切れるかとばかりに思いっきり振り返り、教授とイヴァールは目を閉じてうなずいている。
スティールだけが何かを思いだしたらしく、
「ああ、あれか...。下役人の娘さんだな...?」
...と尋ねると、クリッシーさんがデレッデレの表情で小さくうなずく。
「ひょえ~~~っ!」という歓声(?)が大講堂に響き渡る。
最初、ナメッタ村から私たちについてきたクリッシーさんを、下役人のおじさんは密かに他国の諜者(スパイ)か何かと疑っていた。
スティールが目撃したのはその後だいぶ経ってからで、クレープの屋台や物思いの崖で何度か、クリッシーさんと下役人の娘さんが一緒にいる姿を見たのだという...。
クリッシーさんが教授の助手のような形で、ゴリーニ湖へ同行したり、テロール将軍への使いをしたりと、下役人のおじさんが抱く疑いこそ晴れたものの、娘さんとのお付き合いには反対されていた。
クリッシーさんはクリッシーさんで、自分がブラスの市民権を得たいがために下役人の娘さんに近づいたなどと噂されるのは不本意で、なかなか切りだせなかったのだというが...。
此度の王軍侵攻で、避難住民を引率する任についたクリッシーさんの献身的な働きを下役人のおじさんはずっと見ていたのだという。
その上、避難中に足をくじいてしまった下役人のおじさんに、クリッシーさんが肩をかしてあげたことがあったらしく、その時に2人の間で何かが語られたらしい。
無事ブラスへ帰還を果たした下役人のおじさんは、娘さんとクリッシーさんに籍を入れるよう諭したのだという。
「こんな、何が起きるかわからない混沌とした世の中なんだ...。好いた者同士が一緒にいられる時間は、お前たちが思うほど長くはないのかもしれんぞ?」
そんな下役人のおじさんの一言で、クリッシーさんは腹をくくったのだという。
唇をかみしめながらウンウンうなずく3人と、そろそろ飽きてきた2人と1羽...そして相変わらずデレッデレの1人...。
「ケーキ、ケーキが要るでしょう!」
「パネットーネさんを探してきましょう!」
「牧師? 神父? が要るんじゃない?」
「ニコライのおっさん辺りができんじゃね? 雰囲気からして...」
「お相手の娘さんも呼ばないとねぇ」
「もちろんさ!」
「下役人のおじさんは?」
「え~、式じゃねぇんだし...」
「よいではないでスカ。お誘いしてきなサイ」
当初は、戦勝の打ち上げのつもりで予約しておいた店をクリッシーさんたちの婚約祝いの席にすべく、みな街中に散っていった。
***
でろんでろんに酔っぱらった下役人のおじさんが、娘さんとクリッシーさんに介抱されながら帰っていった...。
最初は、クリッシーさんたちを祝う楽しいパーティだったが、パネットーネさんが突貫で作ってくれた婚約祝いのケーキもほとんどなくなり、クリッシーさんたちが退場した後は、もはや"いつもの飲み会"になっている。
「あれ以来、街の人と来訪者の間の壁も、すっかりなくなったようだね」
...と、ほほ笑むルーファスは、自分も来訪者なのをすっかり忘れているようで、それはそれで嬉しかった。
街には、錬金ゼミ生御用達の飲み屋が何軒もあるが、そのどこに行っても来訪者の誰かしらが街の人たちと酒を楽しんでいる姿を見かけるようになった。
(もっとも、一部の隠れ家的バーは、錬金ゼミ生全員が出禁扱いになっていて入ったこともないけれど...)
***
珍しく、ルミナの方から何かをアピールしてきたので、ランタンをカウンターの上に置いてあげた。
ルミナのランタンは、割れたっきりになっていて金属の支柱に着いて取れない破片などが、見ていてヒヤヒヤするらしい。
(幸い、バッグにかけていて破片が刺さったことなどはない)
私が鍛冶工房のカーンさんに修理を頼んでみるというと、スティールとルーファスが渋い顔をして、
「カーンのおっさんのぶっとい指で、ランタンの修理なんかできんのかよ」
...などと首をひねり、口を尖らせている。
私がいくら錬金工房の実験器具のほとんどがカーンさんの作であることを言っても聞く耳を持とうとしない。
「あいつら、ここんとこ立て続けで付与を失敗されてるからねぇ...」
...サンディがオリーブの梅酢漬けを頬張りながら教えてくれた。
「まあ、その辺のことは、クレアに任せるわ。...ねぇ、ルーファス、何飲んでるの?」
ルミナは、ルーファスが飲んでいるドリンクに興味があったらしく、『アセロラレモン柚子ソーダ』なる、名前を聞いただけで唾が出てきそうな飲み物を欲しがった。
「クレア、ルーファスのそれをグラスに少し分けてちょうだい」
ルミナは、今朝、私が作ってやったグラスを出すように身振り手振りで伝える。
(グラス...?)と、皆不思議がっていたが、今朝、街の花壇に咲いていた花がちょうどルミナのグラスにぴったりの大きさで綺麗だったことから、私が錬金術で結晶化させてグラスにしたもの...。
「あ~~、酸っペぇ~~~!」
ルミナは、注がれた『アセロラレモン柚子ソーダ』を一気に飲み干して、顔中を皺くちゃにしていた。
あんなに欲しがっていたのに2杯目は要らないという...。
ルミナは、ルーファスのドリンクが気になったというよりも、私に作ってもらったグラスをみんなに自慢したかっただけなのかもしれない。
テーブルの上を見回したルミナは、
「クレア、そこのオリーブの塩漬け、ひとつ取って」
...とそんなことを言っていたが、スティールもルーファスもニヤニヤしている。
(それは酢漬けじゃねーし)
(梅酢漬けだし...。そいつも酸っぺーぞー)
***
オリーブの梅酢漬けが気管に入って散々咳き込んだルミナが、スティールとルーファスに癇癪を起し始めてから数刻...。
ルミナの機嫌が直った頃合いをみていくつか質問してみた。
8つの息吹を入手したことによって、ヴェルメリオの8つの災厄は祓われた。しかし、肝心の四序...四季は、いったいいつ取り戻せるのか...。
(あーあ、それを聞いちゃうか...)と、面倒くさそうにルミナは答える。
「そうね~、まだまだ先の話よ、きっと...」
ルミナが抱く『クリスタルの御子』が『希望の繭』となり、繭が孵って『クリスタル』になり、そのクリスタルが成長してからではないと、四序が戻ったと体感することはできないだろうとのこと...。
「いきなり明日から四序が戻りました~! ...なんてわけにはいかないの」
それでも、今まで咲かなかったこの花が...とグラスを持って、花壇に咲いたように四序もゆっくりと戻ってきているらしい。
「そうだ...!」
突然、ルーファスが手を上げて叫ぶ。
「今度みんなでクランブルス中を巡ってさ、どんな四序が戻ってきているか確かめてみるって、どうだい?」
(手ぇ上げて叫びながら、何ふつーのこと言ってんだよ!)とか、普段ならスティールやイヴァールのツッコミのひとつも入ってそうなものだったが、日暮れ前に始まったこの飲みも、そろそろ東の空が明るくなってきている。
...みんないい感じに酔いが回っているので、いつになく寛容で好意的...というか、疲れてヘロヘロだった。
「いいねぇ...。俺も、地図の空白地を埋めていきたいしな」
「決まりだね」
酒場のマスターが、カウンターの中でニコニコしながらコップを磨いていた...。
***
(うるさ...うん? ドアが、激しくノックされてい...る...?)
明け方自室に帰ってきて、入口の台にバッグを置いてベッドに寝転んだのはついさっきだったはず...。
窓から差し込む光は、まだ午前中のそれだった...。
「おい、クレアっ...! 起きろっ!!」
まだ酔いが残っている...。
「なぁ~に~...。みんなで朝まで飲んでたじゃない...」
私がベッドから起き上がった気配を見計らって、スティールがドアを開ける。
一応、内鍵がかかっているのだが、スティールからすれば、ドアノブを持ち上げながら戸口を蹴ると簡単に外から鍵が開けられるという(私も何度か試してみたけど無理だった)。
「どうしたの...? そんなに慌てて...」
窓辺に土鳩たちが集まってきていた...。
日課の餌やりを忘れていたのを思い出して梯子に登ろうとすると、
「ザ、ザレルから使者が来てんだよっ!!」
梯子に手をかけたまま振り返った私は、続いてスティールが放った言葉にさらに身体を硬直させる。
「驚くな...。その使者ってのが、あの王麗なんだよ」
私はそこでハッキリと目が覚めた。
土鳩たちが、早く餌を寄越せと窓をつついている。