BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS

REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第002章] 2-10

ヴィクトリア

担当:サンドラ・カサンドラ

心臓を象った巨大なポッドの前に、2人の技術者が張りついて作業している。
2人ともそっくりな、まるで双子のように見える技術者が、背後にいるあたしたちには気づかずに、手を動かしながら雑談していた。

双子のひとりがカルテを見て驚きの声をあげる。
「...なんだ。このヴィクトリアって子、フロウエルの名家シュタイン家の令嬢じゃないか」

あたしは、思いもかけないところで仇の名を聞き、戦慄した。
いや、ここは、あたしの知る世界よりだいぶ以前のルクセンダルクだ...そう自分に言い聞かせてなんとか平静を保った...。

  ***

ヴィクトリア・S・シュタイン(年齢不詳)
8人姉妹の中でもっとも巫女の素養に優れ、両親の期待を一身に浴びて、『巫女の子』候補として水の修道院に入る。

『巫女の子』とは、次代の巫女の候補生という意味で、火、水、風、土の各神殿が巫女の素養に長けた少女を養育し、選抜する仕組みになっている。

双子の技術者たちの会話によれば、名門シュタイン家もここ2代ほどは巫女選出に絡んでいなかったらしく、ヴィクトリアの両親はずいぶん焦っていたらしい。

心臓を模した大型ポッドの中に眠るヴィクトリア...いわゆる正教側の少女を、聖騎士ブレイブはなぜ拾ってきたのか...?

「チッ、あいかわらず正教の上の方は腐っていやがる...!」
カルテに目を通した双子のひとりが大きく舌打ちをし、読み上げる。

正教の名門であるのにもかかわらず巫女を輩出できていない状況に焦りを感じたヴィクトリアの両親は、潜在魔力を増幅する正教に伝わる禁呪をヴィクトリアにかけたせいで、彼女は不治の病にかかってしまった。

魔力こそ増大したが、安定を欠くようになってしまったヴィクトリアは、正教に棄てられるようにして実家に帰され、そして、シュタイン家もまた彼女を棄てた...。

ヴィクトリアは、金を積んでフロウエルの貧民街にある小さな療養施設に収容されるものの、その療養施設がとんでもないクズで、金だけ受け取って彼女に適切な治療を施さずにいたそうだ...。

ある日、フロウエルの貧民街を視察に来ていた聖騎士ブレイブがヴィクトリアの噂を聞きつけ、療養所から半ば強引に彼女を救い出し、重飛空艇『玄武』でエタルニアに連れてきたらしい。

この白魔道プラントに運び込まれたヴィクトリアは、
「...り残したことはある...ぞ。緑の者へそう伝えよ...」
そうつぶやくと同時に昏倒したらしい。

シュタイン家での出生の記載は抹消され、水の神殿で養育された記録も消され、療養所での記録も残されていない...。
ヴィクトリアの両親も姉妹もすでに死亡しており、彼女の年齢は誰もわからなかった...。
  ***

「オッホン! おしゃべりが過ぎるんじゃないかな?」
ヴィクターがわざと立てた咳払いに、双子の技師は驚いて振り返る。
あまりにも正教の行いがひどいもので、2人で憤慨していただけですよ...そういう2人は、元はクリスタル正教の研究員だったのだという。

2人が仕えていたのはカーマイン卿といって、エタルニア西部に広大な領地を持つ大貴族で、領主であると同時に優れた科学者でもあった卿は、正教での土のクリスタルの管理を担っていたという。

カーマイン...その懐かしい名をこんなところで聞くことになるとは...あたしは、あの誇りに満ち溢れていた短い時を思い出していた。
稽古場であたしに何度打ち据えられても向かってきていたあの子は、この時代はまだ実家暮らしのはず...元気にしてるのだろうか?

  ***

正教の有力貴族であり、土のクリスタルの管理をしていたカーマイン卿は、4年前の土の神殿制圧時には、勝者である聖騎士からの尋問を受ける立場にあった。

剣聖カミイズミが土の巫女を斬り捨てた後、ヴィクターたちは、随行の技術員たちとともに暴走した土のクリスタルの制御に取り掛かったのだが、土のクリスタルの暴走は予想以上に深刻で、ヴィクターは、土のクリスタルの破壊も視野に入れないといけない状況にあることを父ヴィンセントに進言し、それをヴィンセントが聖騎士ブレイブに報告した。

険しい顔をして腕を組んだままの聖騎士ブレイブが、クリスタルの破壊を決意しかけたその時、尋問を受けていたカーマイン卿が立ち上がって叫んだ...。
「まだ間に合う! 我々正教の技術者にも土のクリスタルの鎮静化の手助けをさせてくれ」...と。

  ***

この双子の技術者も、カーマイン卿の優秀な部下であった。
(あの防護服の技術者も正教の者だったと聞いたが、彼もまたそうだったのだろうか)

土のクリスタルが現在の形で落ち着いた後、2人は故郷のレイタークへ帰っていたのだが、カーマイン卿の推挙で公国入りし、今はここ白魔道プラントの制御を任されているのだという。

「卿は、ご壮健かな?」
ヴィクターの問いに、少しだけうつむいた双子のひとりは、カーマイン卿は病を得て、体調はあまり芳しくないが、公国アカデミーに入学された娘のためにもまだまだ死ねんと息巻いているのだという。

その娘の名はシェリー。
あたしは直接会ったことはないが、神童と呼ばれた利発な娘らしい。

「彼女ほどの才があるのなら、公国アカデミーなんかで時間を潰さずとも直接白魔道研究所に来ればいいのにね」
...と、もうひとりの神童がシェリーの才を保証し、双子の技術者もまた大きくうなずいた。

  ***

「それで、患者の容体は...?」
心臓を象った大型のポッド...生命維持装置を仰ぎ見て、ヴィクターが2人に尋ねる。

決して芳しくはないが、安定はしている...いわゆる小康状態だという。
ヴィクターが立てた方針通り、白波動を浴びせて対応しているが、劇的に好転する気配はないという。

「劇的な変化...か。そういう、目に見える大きな変化など望んではいけないよ」
ヴィクターは、ポッドの中を覗き込みながらも意識は双子の技術者に向けて語る。

「特効薬や、必殺技、奇襲、逆転手...、目に見える派手なことばかりを求めると、ろくなことはない」
...齢14歳の子どもが吐けるセリフではないと思いながら、クレアもあたしも、ルーファスやスティールまでもが共感できる言葉だった。

「見習いでそれをわかっているのは、すごいことだと思うけどね」
ヴィクターは、8つも年上のクレアの姿勢を褒めた。
(だから、ガキがそんな含蓄あるセリフを吐くんじゃないよ...)スティールじゃなくても苦笑しないわけにいかなかった。

  ***

ヴィクターは、双子の技術者にポッド内の薬液濃度を下げるように指示する。
双子のひとりが、コックを逆にひねれば黒波動が流れ込むことを注意していた。

ポッド内を注視していたヴィクターが驚きの声をあげる!
「!! 何かしゃべってる...」

意識が戻ったというのか...? しかし、脳波はまだ昏睡状態を示している。

「黒波動を浴びせれば、意識を取り戻すかもしれないと提案する者もいますが...」
双子のひとりが、ヴィクターの存念を探るように聞く。

「黒波動が持つ加害性を"気つけ"にする...か」
一瞬、考え込んだヴィクターは、すぐさま否定する。

「意識を取り戻すという"劇的な変化"を望むあまり、黒波動を浴びせるなんてことを考えちゃダメだよ」
双子のもうひとりが、カーマイン卿も黒波動の多用には反対していたことを挙げ、念のため黒波動の方のタンクを空にしておくことを進言し、ヴィクターに容れられていた。

  ***

一方、エタルニア某所、『氷の隠れ家』...。
数日前からこの氷結洞に滞在している土の将ガイラ主従の姿があった。

あまりにもの寒さにわめき散らすガイラ。
豪雪地帯の氷結洞の中で、ガイラの露出が多めな薄着...副将サージが言うまでもなく寒いのは当たり前のこと。

サージに勧められた、氷結洞に用意されていた毛皮をまとったガイラは、その強烈な獣臭さに鼻を背ける。

クマという獣の皮のようですな...。
サージの言葉に、故郷では秋口になると人里に出没するクマをよく狩っていたことを思い出すガイラ。

「よう、客人方」
ガイラ主従にこの氷結洞を手配してくれた現地の者が現れる。
その男は、あまりもの寒さに不平を漏らすガイラを無視して、ガイラが言っていた4人組が現れたことを告げる。

いよいよ再戦の好機! と勇躍するガイラに対し、
「まあ、お待ちください。再戦の機会は必ず準備しますから。今は白魔道ケーブル建設の妨害と、あのヴィクターとかいう小僧に、命を狙われていると思い込ませるのが先決...」...と、副将のサージが静かにたしなめる。

「だったらその妨害とやらをしに出撃する。ここは寒くてかなわん!」
そう騒ぎ立てるガイラの姿を見て、男はつぶやく。

「うん? 客人、その毛皮...」
おぬしが用意してくれた毛皮、少し臭いがなかなか温かいぞとガイラが微笑むと、男は鼻をつまむ仕草をして顔を背ける。

「それ...オークゾンビの尻毛だぞ...。よくかぶっていられるな...臭いだろ?」

氷結洞に、ガイラの悲鳴が響きわたった。
(サージ、おぬしクマの毛皮って言ったではないか...!)