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REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第005章] 5-1

夫人の密書

担当:クレア

「お、国境の街ニーザ...。
 や~っと見えてきたみたいだねぇ」

サンディがことさら大きな声でニーザの近郊まで来たことを告げ、ルーファスもまた、そらぞらしいほどに大きな声で応える...。

皆、小さく見えるニーザの街を見ながら、意識は後方に向いていた。
気がついたらスティールがいなくなっていそうな気がして...。

いつもは先頭を歩くスティールが、最後尾を歩いている。
私たちの気づかいを避けるように、少し距離を置いて...。

***

私たちは、テロール将軍の幕舎へ案内された。
案内する兵士によると、ニーザの郭内に共和国軍の立派な屯所や将軍の館があるというのに、テロール将軍は、城外での幕舎住まいをやめようとせず、おかげでニーザに駐屯する共和国兵全員が幕舎での暮らしを余儀なくされているのだという。

割れ鐘のような将軍の怒鳴り声が、幕舎の外にも漏れ聞こえてきた。
怒鳴っている将軍の声だけが聞こえてきて、いったい誰が怒鳴られているのかはわからなかったが、どうやら新都からの兵糧の輸送が滞っていることだけはわかった。

「もうよい! 下がれ...!!」
まん幕が開くと、先ほどから将軍の罵声を浴びていたと思しき人物が出てきて、逃げるように去ってゆく。

今度は、将軍と側近のマイヨという兵士長との問答が聞こえてくる。
徴発を視野に入れるべきだと進言するマイヨ兵士長と、徴発など断じてならぬという将軍の問答は、ほぼほぼ私たちの耳に入ってくる。

徴発とは、民から物資や労働力を強制的に取り立てることをいう。
ザレルの侵攻から国や民を守るための軍隊が、守るべき民から略奪に等しいことをしてよいわけがない...テロール将軍の言葉はとても正しいものではあったけれど、兵が飢えてしまっては、民を守るための戦いができなくなることになる...。

サンディが、目くばせをしてまん幕に手をかけた...。
「お取込み中のところ、失礼しますよ~」

サンディは、はっとする2人に対し、すべて聞こえていたが決して他言しないことを告げ安心させる。

将軍は、ザレルに対する作戦だけを立てている時間よりも、兵糧や物資の調達にかける時間の方がはるかに長いことを嘆いていた。

***

先日のサソリ団迎撃戦の様子は、将軍の耳にも入っていた。
カッシーオ家から贈られてきた財宝のすべては奪われてしまったが、人的被害をゼロにできたことを将軍は大いに褒めてくれた。

サソリ団の名を聞いたスティールが、そもそもの非がサソリ団に包囲を破られた将軍にあるような論調で攻め立てるも、将軍はそれを否定しない。
いたたまれなくなったスティールは幕舎を出ていってしまうが、誰も追おうとはしなかった。

S・ビリーから聞いたスティールの出自について説明すると、将軍は、これまで私が見たこともないような驚きを見せた。

***

スティールの実の父母が、かの悪名高きランケード伯とランケード夫人...。
テロール将軍は、ランケード伯とは宮中で2~3度挨拶を交わしたことがあるものの、夫人とは面識がないらしい。

「あの密書を受け取っただけだ...」
将軍は、何かを思い出すかのようにつぶやいた...。

***

22年前、クランブルス王都がザレル軍に包囲されたとの一報が、『四家』のオーベック家にももたらされた。

将軍は、当時はまだ青年将校に過ぎなかったが、平素より勤王派をうそぶいていたこともあり、幼王救出の精鋭30騎の中に選ばれたのだという。

オーベック領を出発し、新都を経由して血砂荒野をひたすら西へ...30騎の救出隊は、不眠不休で王都への道をひた走った。

すると、前方より西へと疾駆するクランブルスの騎馬と遭遇した。
騎兵の鎧は血砂にまみれ、馬上に揺られ続けたせいか顔面は蒼白で両の目だけが異様にギラギラしていた。

騎兵は、将軍たちを幼王救出の部隊であることを知ると、懐中から密書を取り出した。
宛名は、"幼王救出の将へ"。
その中身はとても短く"北へ進路を変えるように"とだけ書かれていた。
密書を送った主は、ランケード夫人だという。

東へ直進すれば3日で到着する行程なのに、わざわざ迂回せよとはどういったことか...

そのまま直進し、幼王をお救いすべきだと訴える者、密書に従い迂回すべきだとする者...救出の部隊の中でも意見は分かれ、結果的に将軍たちは、北へと迂回をした。

将軍が、幼王と合流できたのは、5日目の朝だったのだという。

***

後方から、乾いた空気が流れてきた...。
まん幕に手をかけたスティールが立っていた。

「...魔物が出たんだとよ」
サンディとルーファスが目くばせをして幕舎の外へ出てゆき、私もそれに続いた。

「スティール、無茶はするなよ」
将軍がかけた言葉も、スティールの閉ざされた感情には響かなかった。

「...結局、ランケード夫人は、
 援軍を遅らせやがったってことか...。くそっ...!」

幕舎の外で、クランブルス共和国旗がバタバタと哭いていた...。

***

魔物の掃討を終えた私たちに将軍は、あらためて暴風被害に喘ぐオーベック家領の調査を依頼してきた。

将軍は、これはクランブルス共和国評議会からの依頼であって、かつてオーベック家に仕えていた自分の私的な依頼ではないことを念押した...。

幕舎を退出する私たちを眺めながら、将軍は、側近のマイヨ兵士に声をかける。
オーベック家領の近くに住む、かつてテロール家に家宰として仕えていた男に会って、ランケード夫人の密書について詳しく聞いてくるように...。

マイヨ兵士長は、自分がなぜ選ばれたのかも含めて、将軍の意図がどこにあるのかわかっているかのようにうなずいてみせた。