BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS

REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第011章(最終章)] 11-5

光と影の地平

担当:クレア

私たちは、8つの命脈を返還する旅へと出発した。

どういった順番で返還してゆくかは、ルーファスの意見で私たちが息吹を入手した順番にすることに決まった。

***

私たちが向かう、命脈を奪われた世界は基本的に私たちが息吹を入手するために巡ってきた世界の運命を辿っていると予想された。

1、異世界でクリスタルに大きく関わる人物の信頼を得る。
2、四将と戦い、退却させる(副将は残って隠れている)。
3、ルミナの儀式によって息吹入手。ヴェルメリオに帰ってくる。

これ以降は、王麗ら四将から聴取して判明したことになるが...。

4、私たちが帰還した後、潜伏していた副将が命脈を奪う。
5、クリスタルに関わった人たちが副将の被害に遭う。

そして、ここからは大神官ヅクエフや錬金術師カウラの言葉から予想される結末になる。

6、命脈を失ったクリスタルは時間をかけて枯死してゆく。
7、その異世界もまた荒廃してゆく...。

大都の繭の玉座で実験に参加してくれた水の将ソーニャと土の将ガイラによれば、今回の私たちは、4のタイミングに転移される可能性が高いらしい。

転移後、即戦闘になることも十分に予想された。
私たちの目的は、4を履行させた上での5、6、7の阻止となる。

大事なことは、ザレル2世の覚醒のためにも、副将に各息吹を奪われないといけないということ...。

一見、クランブルス側としては4を阻止してしまっても問題なさそうだが、ザレル2世の覚醒なくしてザレルとの和平はあり得ない。
むしろ、命脈を奪えなかった大神官ヅクエフ統治下のザレルなら、別の異世界からでも奪おうとしたやもしれない。

副将にその世界の命脈を奪わせつつ、副将によって殺害される人物を救い出し、その後、クリスタルに私たちが持ってきた命脈を返還し、クリスタルと一緒に枯死するはずだった世界を守る...という、わりと難易度が高い流れになる。

これらのことを入念に打ち合わせして、私たちは賢者の間の魔法陣の上に立った...。

***

魔法の国ウィズワルド、摂理の塔――

転移してくると残滓の光越しに、こちらに襲いかかってくる土の副将サージの姿が見えた!!

突然現れた私たちに、サージの動きが一瞬止まる...!

サージの背後には、今まさに膝をつき崩れ落ちようとするガラハードさん。
私たちの背後には、アモナがいた...。

ガラハードさんを倒し、土の命脈を強奪したサージが、アモナに襲いかかったという状況か...。

位置関係を即座に把握したスティールとサンディが、サージの一撃を払いのける...!

一瞬、狼狽えをみせたサージであったが、土の命脈を持ち帰るという主命を果たすために背中を見せて逃げていった。

***

アモナは、私たちの姿を見て笑顔を見せた。
"私たちを知っているアモナ"だった...。

ガラハードさんは、重傷を負っていたが命に別状はなかった。
私は、ガラハードさんの手当てをし、その間、アモナとルーファスが事情を説明した。

どの程度理解してもらえたかはわからなかったが、薬で眠ったガラハードさんを置いて、私たちは土のクリスタルの祭壇へと向かった。

***

明らかに生気が失せている土のクリスタルが、力なく祭壇の上に浮遊していた。

しばらく状況を確認していたルミナがふり向きうなずく...。
今すぐ命脈を返還すれば、枯死せずに済むようだ。

私たちは、辺りへの警戒をしながら、命脈返還の儀式を執り行った。

儀式といっても、特別な作法など必要なかった。

ルミナが土のクリスタルの痛みに寄り添い、励ますような言葉をかけると、ランタンの中を浮遊していた命脈のひとつがクリスタルの中へと入っていって、ほのかに光り輝いた。

土のクリスタルは、弱々しくではあるが生気を取り戻し、彩が失せていた祭壇の広間も元に戻った。

***

私たちは、アモナに事の顛末を話し、アモナを救い出すことができなかったことを詫びた。

何度か試みてみたが、アモナが命を失う前の世界には、転移してくることができなかったのだ。

アモナは気丈にも笑顔を見せて、お姉ちゃんたちは気にしないでと小さくかぶりを振った...。

「今この町にいるセスという青年に相談してみなさい」

ルミナが、そう言うと、アモナは静かにうなずいた。

グローリアやエルヴィス、アデルもいたが、なぜ...?
...私たちの疑問に、ルミナは何も答えてくれなかった...。

***

賢者の間に戻ってきた私たちはスティールの

「軽く一戦しただけだったしな...」

...の一言で、そのまま次の世界へと行くことにした。

儀式を行ったルミナにしても特に疲労しているという感じはなく、異論はなさそうだった。

***

順番からして次はエタルニアに向かうことになる。

公国軍総司令部を越えた辺りか、不死の塔に入った辺りか...。

いくつかの転移候補が考えられたが、ルミナ曰く、「今回行ける範囲はとても狭い」とのことだった。

***

不死の国エタルニア、不死の塔内部――

私たちが転移してきたのは、不死の塔内部の一角...。

転移してきた途端に悲鳴が轟き、目の前であの行方不明になった研究員が崩れ落ちた。

研究員に一撃を加えた土の副将サージが、突然出現した私たちに驚いている。

踵を返して逃げに転じるサージ...!
スティールが、そしてサンディがサージを追う...。

私は、研究員の首筋に手を当てたが、もう事切れていた。
蘇生も試みてみたが、ダメだった...、

***

土のクリスタル祭壇に逃げ込んだサージは、中から閂(かんぬき)をかけて私たちを足止めした。

さすがは2000年以上もクリスタルを守ってきた門扉で、いくらサンディが斬りつけてもルーファスが雷撃を食らわせてもびくともしなかった。

スティールが火薬を使ってようやく門扉を破壊すると、サージがヴェルメリオへ帰還していった残滓の光が見えた...。

"まるで刑具をつけられたような"と称された土のクリスタルが、完全に彩をなくしている...。
どうやら、サージによって土の命脈を奪われた後のようだった。

急がねば...、土のクリスタルが完全に枯死してしまう。

私たちは、早速土の命脈を返還する儀式を執り行った。

***

かろうじて枯死を免れた土のクリスタルについて、ヴィクターに報告してやるべきかと思った。
しかし、公国軍総司令部をどのようにして越えるべきかがまったくわからず、結局のところは、公国軍総司令部北の雪原からヴェルメリオへと戻ることになった。

総司令部の門扉に錬金の力で張り付けた言伝に、ヴィクターは気づいてくれただろうか...?

***

艶花の国フロウエル、水のクリスタル祭壇――

私たちが水のクリスタル祭壇に到着した時には、すでに水の副将ウガンが水の命脈を強奪した後だった...。

水のクリスタル祭壇の鉄の門扉はぐにゃぐにゃにひしゃげている。
水の母巫女と、水の巫女オリビアさんが二重にかけたという結界も難なく破られていて、門扉越しに見える祭壇内はどこか彩が失せた、虚ろな空間に見えた...。

ルミナによって命脈の返還を済ませると、枯死寸前だった水のクリスタルも生気を取り戻した。

オリビアさんがかけたという結界は破られたままということになるが、私たちにはどうするわけにもいかなかった。

***

水の神殿を出て、フロウエル方面へしばし歩いていると、エインフェリア率いるブラッド・ローズ隊と再び遭遇した。

激しく撃ち合うサンディとエインフェリア...!

最後の方は、一騎討ちの様相を呈していた。
私たちも、ブラッド・ローズの兵士たちも、かたずを飲んで2人の勝負の行方を見守っていた。

撃ち合いながら互いの主義主張をぶつけ合う2人...。

結果を知っているサンディだったが、決してエインフェリアを論破しようとはしていない...。

エインフェリアの方でも譲れない主張はあれど、その主張と自分たちがこの国にしている行いとのギャップについて、本人も理解しているようで悲壮な撃ち合いが続いた...。

サンディが払った大剣が、エインフェリアの槍を跳ね飛ばした...。
数十合にも及んだ2人の撃ち合いは、互いの仲間たちによって引き剥がされるようにしてようやく終わった...。

「あたしの思いは伝えたつもりだよ...」

引き揚げてゆくエインフェリアたちを眺め、サンディはつぶやいた。
このまま組織に従うも組織の在り方を糺すにしても、エインフェリアはこれから大いに悩むことになるだろう...。

私たちは、そのままヴェルメリオへと帰ってきた。

***

賢者の間に帰ってくると、さすがにサンディの体力が限界を迎えていた。

このままブラスの街へ帰るのも何だし...と、ここ賢者の間で野営をして鋭気を養うことにした。

半日ほど寝たサンディは、それだけで体力が全快したらしく、ルーファスが作った香草粥を鍋ごと食べていた。

私たちは、次の異世界へと向かうことにした...。

***

渇水の国サヴァロン、水のクリスタル祭壇――

私たちが転移してくると、水の副将ウガンの一撃がバーナード評議員をまさに貫こうとしていた。

咄嗟にスティールが長剣を投げつけてウガンを退かせ、サンディがバーナード評議員の顎先を撃ち抜く...。

ウガンはそのまま駆け去っていった。

気を失ったバーナード評議員の体をゆっくりと床に横たえさせたサンディは急いで命脈を返還してしまおうと目くばせをした。

ルミナが命脈を返還すると、枯死しかけていた水のクリスタルが生気を取り戻した。

***

この時サヴァロンの町には、あのジャッカルがいたようである。

光の球でやってきたらしいが、私たちが知るジャッカルと比べてとても粗野というか、柄が悪いというか...。

誰彼構わず咬みつく感じは、とても私たちが知るジャッカルとは思えず、話を聞いてみるとどうやら別の時空からやってきたジャッカルであるとのこと...。
喉の渇きを憎む彼が、この増水に喘ぐサヴァロンの町でどのような化学変化をもたらすのかはわからなかったが、私たちはそのままサヴァロンの町を、そしてこの時空を後にした。

***

春風の国ハルシオニア、王宮内――

いきなりの修羅場だった。

ハルシオニア王宮に侵入した風の副将サガンが、グローリア王女に一撃を加え、風のクリスタルから命脈を強奪した。

崩れ落ちるグローリア王女...。

老剣士スローン、勇将として知られるプラシド王が剣を抜いて応戦するも、プラシド王もまたサガンの一撃によって膝を突く...!!

私たちは、そんなところに転移してきた。

私はグローリア王女の息があるのを確認し、ルーファスは同じくプラシド王を介抱する。

スティール、サンディ、スローンさんに追い立てられたサガンは、王宮の外へと逃げ去った...。

床に落ちた、生気を失った風のクリスタルを見てグローリア王女は呆然としている。

スローンさんに事情を話した私たちは、その場で命脈を返還する儀式を執り行った。

終始、疑いの目を向けていたグローリア王女だったが、生気が戻った風のクリスタルを返すとようやく明るい表情を取り戻した...。

***

砂と大時計の国ラクリーカ、風のクリスタル祭壇――

私たちが転移してきたのは、風のクリスタル祭壇の入り口だった。

両開きの門扉が、人ひとり分の隙間で開いている...。

中を覗くと、祭壇の上に立つ風の副将サガンが、闇に覆われた巨大な風のクリスタルを眺めていた。

私たちは無言で両扉の陰に隠れてしばし待つと、風の命脈を奪ったサガンがヴェルメリオへと転移していった。

風のクリスタルは、闇の大穴による影響で分厚い闇の殻に覆われており、ルミナが命脈を返還した後も生気が戻ったのかそうではないのか判断がつかなかった。

ルミナ曰く、辺りの風景の彩が戻ったとのことだったが、私にはそれすらもよくわからなかった。

そうこうしているうちにサガンが倒していた、災厄を引き寄せし者オルトロスが復活して私たちに襲いかかった。

死闘の末、オルトロスを再び倒し、私たちはヴェルメリオへと帰ってきた。

***

戦争の国エイゼンベルグ、火のクリスタル祭壇――

転移してきていきなり、サンディの大剣の腹が火の副将ウージの豪腕を受け止めた...!!

踏ん張るサンディの背後には、火の巫女カーシャ様の従者2名が身を屈めていた。

「お、お前たちは...!!」

覆面で目を覆ったサージであったが、明らかに焦りの色が見えた。

舌打ちをして、火のクリスタル祭壇へと進むウージ。
反対に私たちは、祭壇の門扉の外へと退避する。

「カ、カーシャ様が...!!」
従者たちは口々に火の巫女様の名を呼んだがサンディの両腕に抱えられるようにして門扉の外へと運び出された。

外側から鉄の門扉を閉めた私たちに、背後から声がかかる。

「それで? 私たちを祭壇の外へ連れ出して、どうするつもりだい?」

火の巫女カーシャ様だった。
サンディがウージと戦っている間に、スティールが祭壇を進み、カーシャ様を連れ出していたのだ。

火の神殿の外では、大勢の兵が攻めてくる物音も聞こえてくる...!
従者たちによれば、剣派の兵が引き返してきて神殿を攻めているらしい。

私たちが簡単に事情を説明すると、カーシャ様はまたもやあっさりとそれを理解してくれる...。

***

再び祭壇に戻ると、すでにウージによって火の命脈は奪われた後だった。

分かっていることとはいえ...、カーシャ様は悲しげな顔で、クリスタルの終わりをただただ眺めていた。

ルミナが命脈返還の儀を執り行うと、火のクリスタルは再び生気を取り戻し、祭壇内にも彩が戻ってきた。

しばし私の顔を見つめていた火の巫女カーシャ様は、サンディの方へと向き直し、

「あの予言が消え去ったとは、私には言えない。でも...、サンドラ、あなたの顔から迷いがなくなったのだけはわかるよ」

...そう言って、ほほ笑んだ。

***

火の神殿を攻撃する音が激しくなってきた...。

「あの口だけの剣派兵ならば。俺たちが反撃すれば怖気づいて攻撃を止めるかもしれねぇな」

スティールの一言で、迎撃することが決定した。

「あんたたち、案内してやりな」

火の巫女カーシャ様に言われて、2人の従者は私たちの先頭に立った。
どうやら、彼女たちにしかわからない通路があるらしい。

(あんたたち、達者でね...)

そんな声が聞こえた気がしてふり向くと、祭壇の門扉の間に立つカーシャ様が微かに微笑み、うなずいた。

「いくぞ、クレア」

スティールに促され、私は、火のクリスタル祭壇を後にした...。

***

神殿を攻めていたのは、やはり剣派兵だった。

数の上でも、兵の質としても大したことがない相手だった。
スティールとサンディは、神殿の外に出て、奇襲をしかけることにした。

2人の従者に案内してもらい、神殿の外に出て剣派兵の側面を伺う私たちは、突撃の機を伺っていた。

すると突然、背後から轟音が響き渡る...!

「し、神殿が!」

「火の神殿が、マグマに沈む...!!」

2人の従者がカーシャ様の名を叫び、神殿に戻ろうとするのをスティールとサンディが必死で押さえ込んだ。

***

火の巫女カーシャ様は、儀式によって生気を取り戻した火のクリスタルに祈りを捧げ、火の力を増大させていた...。

火の神殿のマグマへの沈降が促進してしまうのはわかっていた...。

このまま、火のクリスタルを制御の利かない人の欲に晒しておくよりも、人が介入することができない、マグマの中にしばし秘匿しておく方がよいかもしれない...。

元々マグマの中に没するのは覚悟の上のものだった。
それゆえに、溶岩洞に思念を配していたのだ...。

火の巫女カーシャ様は、小さく何かをつぶやき、祈りに力を込めた。

火のクリスタル祭壇は、マグマに沈んだ...。

***

沈みゆく火の神殿を呆然と見つめる私たち、そして剣派兵たち...。
もはや、剣派兵への攻撃など無意味だった。

私たちは、火山洞を出るために歩いた。
せめて2人の従者を無事に地上に連れていかねば...サンディもスティールも、2人の手を決して離さない。

地上に出たわたしたちは、縁者がいるという近隣の村まで2人を送り、その地からヴェルメリオへと帰ってきた。

ルミナに再度の転移を頼んでみたけれど、あの時空への遡航はもうできない...なんのイメージもわかないとの答えがあった。

あの世界の火のクリスタルは枯死せずに残った。
しかし...無力感に苛まれた旅になった...。

***

深雪の国ライムダール、火のクリスタル祭壇――

私たちが最後の命脈を返還しに転移してくると、火の副将ウージが今まさに、オミノスさんを殴り殺そうとしているところだった...!

ウージが振りかぶった右手に、スティールの投げ縄が絡まり、制する...!

「お、お前ら...!! さっき消えたハズなのに...」

オミノスさんの表情が、驚きから安堵のものへと変わる...。
散々ウージに殴られたのだろう、ボロボロになりながらもバハムートちゃんをかばっていたオミノスさんが、がくりと膝をつく...。

「クレア、ルーファス、オミノスたちの介抱を...!!」

スティールの投げ縄で利き腕を制されているウージが、大剣を構えたサンディにも気を配りながら、じりっじりっと退路を探している。

ふと右腕に絡まる投げ縄が緩み、ほんの少し体勢が崩れたところに、振りかぶられたサンディの大剣が唸りを上げて迫りくる!!

ウージは、左腕を棄てる覚悟でサンディの大剣を払うと、そのまま大聖堂の入り口の扉を破壊しながら逃げていった...!!

***

オミノスさんもバハムートちゃんも、ウージにボコボコにはされていたけれど無事だった。

「こ、こんな傷、あの時に比べれば...」

オミノスさんに、いつのことが去来したのだろう?
私には知る由もなかったが、ゆっくりとはしていられなかった。

失礼な話だが、事情を話している暇も、オミノスさんが事情を理解しうる理解力もぜんぜん足りなそうだった。

「さっきの大男がこんな風にしちまった火のクリスタルを、修理しに来たのさ」

...と、サンディが大雑把な説明をしていた。
オミノスさんが眺める火のクリスタルも祭壇のある広間もすっかり彩を失い、生気を失っている...。
不承不承ながら納得したようなオミノスさんたちの側に、光の球が発生した。

「その光の球で、お2人は元の世界へ戻れるはずです」

私たちがうなずくと、2人は光の球へと近づいてゆく...。
オミノスさんたちを受け入れるように包み込んだ光の球は、やがてゆっくりとスパークしてゆき、気がつくと2人は消えていた。

***

騒ぎを聞きつけて、衛兵たちや最高司祭ドモヴォイあたりが駆けつけてくるかもしれなかった。

スティールとサンディとルーファスが、それぞれ広間の入り口を見張り、ランタンを掲げる私だけが火のクリスタルに対峙する...。

ルミナによって、火の命脈が返還されると、広間の風景が一変した。
それと同時に、3方の入り口それぞれから人が駆けつける物音が響いてきた。
(マルグリットさんに伝えたいことがあったのに...)

私たちは、歯噛みしながらもヴェルメリオへ戻ることにした。

***

ルーファスが、以前自分で床に刻んでいた魔法の跡を指で撫でて言った。

「これで8つの息吹をすべて元の時空に返還できたわけだね」

任意の時空へ転移することも証明できた。
あとは、元いた世界に戻りたがっている来訪者たちを、送ってあげることにこの魔法陣は役立てられそうだった。

「来訪者のみんなを送っていったらさ、今度はこちらから遊びに行くこともできるよね?」

私は軽い気持ちを口にしたつもりだったが、受け止めたスティールの視線はルーファスに移ろい、ルーファスの視線もまた泳いだ...。

「いや、それはどうかな...」

そうつぶやいたスティールは、ルミナに問うてみる。

「なあルミナ、仮に今念じたら、オミノスたちが襲われていたライムダールへと転移できそうか?」

ルミナの答えは否だった。
何もイメージできないらしい。

スティールは、デバコフ教授が発見したのは、"望むもの誰をも任意の時空へと転移する法"ではなく、"転移できる必然が生じた者の幅・範囲を従来よりも広げる法"ではなかったのではないか、という。

私たちの8命脈を返還する旅も、水の将ソーニャと土の将ガイラの転移実験の際にも、多かれ少なかれ転移するメンバーの中に"必然"があったのかもしれない。

そういえば、ルーファスのお姉さんが亡くなる前にも、アモナが亡くなる以前にも転移できなかったのは、私たちの中に"その時空へ向かう必然"を持つ者がいなかったということになるのだろうか...。

「いや、詳しいことはわからんさ」

スティールにとっても、ルーシーさんの実弟のルーファスに必然がなくて、いったい誰に必然があるものか...という思いがあったのだろう。

「ブラスへ帰って、教授に全部報告してみようぜ」

***

私たちは、ブラスへ帰るとデバコフ教授にすべてを報告した。

「そうでスネ...。スティールの立てた仮説は、おそらく当たっているでしょウネ」

いささかがっかりする私たちを前に、教授はやれやれとかぶりを振りながら

「いいでスカ?」

...と黒板に板書してゆく...。

従 来:1
期待値:①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩
現 実:12

「今まで1できていたことの、次の段階がてっきり10だと思っていたけれど、実はそれは2ができたことにしか過ぎなかッタ...」

「これは、期待値も含めると8のマイナスに過ぎませんが、従来からすれば倍も進化しているともいえるでしョウ」

想いが強ければ強いほど期待値は増すだろう。

「しかし、期待値を得られなかったからといって落胆してしまうほど、あなた方はまだ錬金学を、人生を極めていないはずデス」

以前、錬金学に絶望してゼミを辞めてゆく先輩たちに、教授が言っていたことだった。

錬金学に興味があったわけでもなくゼミに在籍することになった3人は、いったいどんな反応を示すんだろう...?

私がみんなの顔を確認できずにいると、やけに明るい会話が聞こえてくる...。

「なーるほどねぇ」

「ふむ、そういう考えもできる、か...」

「剣術と一緒だねぇ」

私は、弾かれるように顔を上げていた...と思う。
それを見て、満足そうにうなずく教授がチョークを手にして言った。

「ではみなサン、2になった実績を3、あるいは4にするための研鑽を始めましョウ!! 8つの命脈返還の旅で気づいたことを、余すことなく報告してくだサイ」

私たちの挙手と教授の板書は、陽が暮れるまで続いた...。

***

私たちが8つの命脈を返還する旅から帰って、比較的穏やかな最後の半年が過ぎていた...。

ある日の夕暮れ時、私はスティールと2人で『物思いの崖』から沈む夕日を眺めていた。

***

「なんだよ、自由に転移できねぇのか~! ...ってな」

スティールは、いくら自身の意見とはいえ、異世界に自由に転移できるわけではないことが、教授によって立証されてしまったことを残念がっていた。

考えてみれば、とんでもない禁じ手だった...。

根本を正そうとその時空へ転移して介入していたら、その行為そのものによって何か決定的な、悲劇的な方向に物事が歪んでゆく...スティールにはそう思えてならないらしい。

「心配性ね」

そう笑うと、

「誉め言葉として受け取っておくよ」

...と、切り返される。

スティールはよく、こういった反語に近い表現をして私をはっとさせる...。

「クレアはな、無欲でありたいと願う強欲さをもっているんだよ」

みんなで飲みながらそんなことをつぶやいて、ルーファスたちを驚かせたりもしていた。

***

「...みんなは?」

もう日は沈みそうだった。
これ以上2人っきりでいると、口にしてはいけないことを口走りそうで怖かった。

ルーファスは、ロディ夫妻やエルヴィスさんと...。
そしてサンディは、ゼネオルシア兄弟と話があるとかで、少し遅れてくるとのこと...。

スティール曰く、旧主がらみの話のようだったが、特に険悪な雰囲気ではなさそうだったらしい。

***

皇帝オブリビオンが、ユウ・ゼネオルシアの兄、デニー・ゼネオルシアであったことは前に述べた。

実はデニーとサンディは2つの共通点がある。

ひとつは、ともに、ゆくゆくは正教騎士団三銃士にと目されていた点...。
そして、サンディの旧主グランツ公爵と、デニーの縁...。

年代的にはこのような関係になる。

◇公国暦8年(正教暦2392年):
 サンドラ(20歳)、デニー(12歳)、ユウ(6歳)
 『サンドラ・カサンドラ、正教騎士団入り』

◇公国暦11年(正教暦2395年):
 サンドラ(23歳)、デニー(15歳)、ユウ(9歳)
 『風と水の粛清』(また違う世界のサンディはここで死亡)
 『デニー・ゼネオルシア、廃嫡』
 ※この年の幻影海賊団との戦いで、デニーと公爵令嬢が知り合った。

◇公国暦12年(正教暦2396年):
 サンディ(24歳)、デニー(16歳)、ユウ(10歳)
 『ブレイブリーソード事件』
 『デニー、ゼネオルシア家を出奔』

◇公国暦17年(正教暦2401年):
 サンドラ(29歳)、デニー(21歳)、ユウ(15歳)
 『サンディ、ヴェルメリオへ転移』

◇公国暦18年(正教暦2402年):
 サンドラ(-歳)、デニー(22歳)、ユウ(16歳)
 『グランツ帝国成立』

◇公国暦19年(正教暦2403年):
 サンドラ(-歳)、デニー(23歳)、ユウ(17歳)
 『血の和平調印式』

同じ正教騎士団三銃士に目された2人であったが、実はサンディとデニーとは、あまり面識がなかった。

凄腕の剣士が正教騎士団入りしてきた...次期正教騎士団三銃士と目されたデニーにとって興味が湧かないはずはなかったが、ゼネオルシア家は長老派とも親交があったので、長老派と争う清流派に属するサンディとは親しくすることができなかったらしい。

むしろ、正教内の派閥についてまったく頓着しようとしない幼いユウが、正教一の剣豪サンディにつきまとって閉口させていたという。

***

その後、少年デニーが武者修行に向かった先で、サンディの主、グランツ公爵と知己を得たこと。

グランツ公爵領に跋扈していた『幻影海賊団』討伐に加勢して、公爵の娘と恋仲になったこと。

病弱だった公爵令嬢は幼くして天に召されてしまったが、デニーと公爵の親交は続いたこと。

ブレイブリーソード事件で利き腕を失ったデニーは、ゼネオルシア家を出奔し、グランツ公爵家に匿われたこと。

グランツ公爵が死の床についた時、枕頭にデニーを呼び、公爵の死後は領地をフロウエルに返納することが決まっていることや、公爵の財をすべてデニーに譲るゆえ、好きなことに使うよう言い残したこと。

「たった一度でよいから、我がグランツの名を世に知らしめるような大戦(おおいくさ)をしてみたかった...」

そうつぶやいていた公爵の遺志を酌み、自身が被った遺恨を晴らす手段として、グランツ帝国を立てることを決めたこと...。

***

デニーは、サンディに話すと同時に、弟のユウにも語っているようだった。
デニーが起こしたグランツ帝国事件を解決するのが弟のユウであることを考えれば、それも意味がわかるというものだった。

あの地下神殿で出会った『超弩級戦者バエル改』は、デニーが興したグランツ帝国の決戦兵器(の後継機)だったことに気づいたサンディは、あの脚部に記された旧主の『蝶の紋章』にも合点がゆくものがあったという。

サンディにとってみれば、旧主の紋章を世界に戦いを挑む戦いで旗印にされたことを怒るべきだったのだろうが、

(公爵も、草葉の陰で喜んでいるだろうよ。それに...)

あの病弱で透き通りそうな公爵の娘と恋仲になったというデニーを見て、なんだか嬉しい気持ちになったのだという。

***

「私たちは、異世界から奪ってきた8つの命脈をそれぞれの世界へと返還してきた...。でも、本当に息吹を返すだけでよかったのかしら...?」

そろそろ、話題が尽きてきていた...。
食べ物の話なら、いくらでもできただろうに、それでも、ここで食べ物の話題なんか振ったらどんな顔されていただろう...。

スティールは、いつものように、優しく、ぶっきらぼうに答えてくれた。

「...それ以降のことは、現地にいるヤツらに委ねるしかねぇだろうよ」

デバコフ教授はこうも言っていた。

「たとえ必然がある者の介入であっても多かれ少なかれ副作用は必ずあるものデス」

副作用を恐れていては何もできやしない。
しかし、副作用を恐れぬようになると、何事にも雑になる...。

私が錬金の釜に向かっていつも自分に言い聞かせている言葉だった。
その言葉を教えてくれた先輩は、もうこの街にはいない...。

***

「それに、俺たちにはヴェルメリオでやることがてんこ盛りだ」

確かにてんこ盛りだった...。
先日、サイローン帝国からザレルへ宣戦布告状が届いたそうだ。

これによって、何かあるたびに大都から出動していた土の将ガイラと水の将ソーニャは、天衝山麓へ部隊を常駐させることになる。

連日サイローン軍との小競り合いで忙しく、そのうち私たちへの援軍要請などもありそうだった。

サイローンは、クランブルス共和国にもまた揺さぶりをかけてきている。

亡命してきた皇兄殿下の始末を求めてきているのだが、おそらくそれを実行すると開戦の引き金にも使うつもりだろう...。
デバコフ教授は無視を決め込むつもりだったが、肝心の皇兄殿下という人が、ご自分で勝手に動きたがる人のようで難儀しているようだった。

ガーマ王国も、気になる動きをみせていた。
クリッシー経由でイトロプタから様々な情報が流れてはきているが、その中でも機工島ゲレスへと下ったブルース元国王へ接触しているというものがあり、評議会をざわつかせていた。

***

ブラスを取り巻く情勢がこんなでは、ルーファスが言っていた『四季の確認旅行』なんて夢のまた夢...。
下手すると、様々な武力行使の遠征がそれに取って代わることも大いにあり得るのである。

***

来訪者のみんなにも、少しずつ動きがあるらしい。

元いた世界に戻りたいと明確に意思を表明する者が10人を超えたのだという。
ヴェルメリオでの役目を勘案した上で、それでも帰りたい者が全体の4分の1...なかなかの数である。

彼らを元いた世界に帰す時も、ちゃんと元いた世界へ帰れたかどうかを確認するためにも私たちが同行してやる必要があるだろう。

送りっぱなしであとは知りません...というわけにはいかない関係性がとうにできているのだ...。

***

「みんな帰ってしまったら、寂しくなっちゃうね」

口にすまいと決めていた言葉がふいに出てしまった...。

「スティール、私ね...」

スティールは、夕日をみつめたまま無言でいた...。

「クリスタルの寿命が尽きるまで、死ねない身体になっちゃったんだって」

ああ、知ってるよ...そう言いかけてスティールは言葉を変えた。

「...そうか。そりゃすげぇな」

空気が重い...。

「美味いもん、食い放題だな...」

スティールの取ってつけたような返しがかえって上滑りする...。

「ダメだよ。みんなと一緒じゃないと...」

スティールが、息を飲むのがわかった...。

「みんなとじゃないと、美味しくなんかないよ...」

私は、泣いていたと思う...。
あれほど沈むのが早かった夕日が、必死に沈むまいと頑張っていた。

「呼べばいいんだよ」

スティールが何か言ったのはわかったけれど、よく聞き取れずに私はスティールの方を見た。

スティールは既に、私の顔を見ていた...。

「呼べばいいのさ、光の球でよ」

確かに、デバコフ教授がいうには簡単な錬金術だという。

術者がその命と引き換えに、望む時空から望む時空へと、人や物を転移させることができ、より高位になれば、その条件付けも複雑にできるらしい。

「この先、クレアが寂しくて洒落になんねー時のことはしっかり憶えておくんだ。ああそうだ。レポートに書くなり何なりして、ずっと憶えとけ」

光のクリスタルが寿命を迎える何千年後か、何万年後かはわからないが、私の寿命が尽きるその時に、その都度つどにスティールたちを呼べばいい...私の用心棒は、そう言ってくれている。

私は、スティールの視線がまぶし過ぎて、ふと視線を逸らした...。

「ふふふっ、いいの...? 本当に呼ぶからね、私」

スティールは、強くうなずいた。

「ああ。いつでも、何度だって駆けつけてやるさ」

...自分で言ったセリフで気恥ずかしくなったのか、再び夕日に視線を逸らすスティール...。

我慢強かった夕日もようやく眠りにつくようだった。

「あ...」

スティールが何かを思いついたらしい...。

「...いや、そうだ。きっと、そうかもしれねぇな...」

スティールは、このヴェルメリオに押し寄せた来訪者たちが、晩年のクレアによって呼び出されたに違いない...この時、そう確信したのだという。

***

「2人とも~、こんな崖の上で何やってんだい?」

おそらく少し前からそこにいたサンディとルーファスがようやく声をかけてきた。

「お前ら、話は済んだのかよ?」

ルーファスは、ロディ夫妻とエルヴィスに、お姉さんのことを報告したのだという。
ルーファスが執り行った反魂の法がいかに未熟で、幽鬼を誕生させてしまったことや、ウィズワルド東方の瘴気騒ぎと土壌改良の話、そして、アモナのことも...。

夫妻が元いた世界へ帰っても、アモナは蘇らない...。
そして、ロディ一家を陥れた敵の存在についても...。

ルーファスの表情は、晴れやかであり複雑そうだった...。
夫妻のことは、今後どうしたらよいか...私たちにもすぐには答えが出なかった。

***

「教授とイヴァールが大講堂で待ってるってよ」

昼間、新都からの使者が大講堂へと駆けあがっていった。
きっとその厄介ごとについてだろう...。

「よし、行くか。クレア」

「うん」

「そういやスティール、あんたんとこに闇の会同からの招待状が届いたんだって?」

王軍襲来や血砂会戦ですっかり忘れていた『闇の会同』...。
元々はザレルの侵攻に合わせた闇の東方勢力の進出に対抗する組織であったが、クランブルス共和国とザレル・ウルスの和平に先んじて、闇の世界でも動きがあったらしい。

表の世界とは違い、和平一辺倒ではなく、それなりに血も流れ、闇の十桀の欠員も甚だしくなり、大々的に補充しようとしているらしい。

「あ? ああ...。無視無視、興味ないね」

柄じゃない...そんな風に笑っているスティールだったが、自身の興味とは裏腹に、徐々に闇の抗争に巻き込まれてゆく...。

スティールは晩年、"大盗スティール"...闇の十桀の筆頭として『闇の会同』の解散を宣言することになるのだが、彼が目指していた地図職人にはついぞなれなかったのである。

日は完全に沈んだ...。
足元がおぼつかなくなった私たちは、『物思いの崖』を後にした。

***

クレアの体内に宿る光のクリスタルとザレル2世の体内に宿る闇のクリスタル...

ヴェルメリオの光と影を司り、時に和し、時に争いながらも悠久の時をともにする

巨人の矢のたて続けの発動と、大規模な地軸移動...

大陸はその形を大きく変え...いくつもの国や文明が栄え、滅んでいった...

『魂の流刑地』とまでいわれた不毛の大地は、クレアたちの行いによって数多の異分子が紛れ込み、"彼ら"の計画とは裏腹に彩のある大地へと生まれ変わる...。

クレアたちが照らした世界『光と影の地平(lux & dark)』は、火、水、風、土の4つのクリスタルが誕生するまで続くことになる...

                     記:大賢者ルーファス

***

...先日、7度目の転生に成功した。
これで、あと百年は生き続けられるだろう。

大賢者などと呼ばれる立場にもなり、この世の理のほとんどを知り得た身としては、これ以上の長寿は特に望んでいなかったのだが...。

光のクリスタルに取り込まれたクレアを看取るまでは、何とか生きていなくては...。

サンディが死に、次いでスティール、デバコフ教授も逝った...。

最後の最後まで意地を張って生きていたイヴァールも、喧嘩腰の遺言状を送りつけて大往生していったのは、最初の転生の前だから、かれこれ600年も前のことになる。

『錬金ゼミレポート』も、もう書き手がワシ...いや、僕以外誰もいない。

いったい、どれほどの巻数になるのだろう?
同じ装丁の分厚いレポートが、まるで図書館のような書架にずらりと並んでいる...。
最初の巻から読み始めたら、軽くもうひと転生する必要があるだろうね。

窓辺にまた、あいつが現れた...。

光の球...。
まったく、いったい何度僕を呼びつけるんだい? クレア...。

またみんなで、年老いた僕の姿を見て笑うんだろう?

ちょっと待っててよ...。
美顔ローラーが見あたらないんだ。

だからさ、ちょっと待ってよ...今そっちに行くからさ。

***

「おいクレア、そんなに急ぐなよ。大講堂は逃げやしねぇって」

「ここいらの地下は遺跡だらけなんだ。慌てて落っこちても...」

「キャッ...」

「...ったくよ!」

「!! スティール、これって...?」

「んだよ、また何か見つけたのか?」

「おい、サンディ、ルーファス...! こっちだ!」

                                                     END