BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS
REPORT錬⾦ゼミ活動レポート
[第011章(最終章)] 11-4
ルーファスの旅立ち
みんな、必死に探していた...。
「...くっ、いったいどこにいやがるんだ。幽鬼ルーシーは...」
スティールのつぶやきに、クレアが
「違うわ。探しているのはルーファスのお姉さんよ!」
...と言い直してくれた。
夜が明けてすぐ、僕たちは昨夜の残りのシチューを腹に入れ、幽鬼ルーシーの...僕の姉さんの居場所を探していた。
もう、太陽が真上にきている...。
「...もう、いいよ」
みんなの思いやりが、身に沁みた。
これ以上は、もう...。
「何言ってんのルーファス!!」
何かを言いかけたスティールを遮るようにクレアが叫んだ。
クレアにしては語気が荒い...。
「そうだよ。あのウィズワルドから来たっていう旅人の話、あんたも聞いただろう」
サンディが、僕の目を見て諭す...。
僕は、夕べ、あの西から来たという旅人が話した内容を思い出していた...。
***
「私は、ルーシー博士の依頼で、ウィズワルドからはるばるやってきたんですが...」
旅人の木皿のシチューは、残りわずかになっていた。
スティールが、まるでもぎ取るかのように木皿を奪い、シチューのお代わりをよそう...。
具が少なくなったシチューを、それでも旨そうに頬張りながら、旅人は話を続けた。
「瘴気のホットスポット...?」
旅人は、聞き慣れない言葉を口にしていた。
ホットスポットとは、いろいろな意味を持つ言葉で、犯罪が起きやすい場所や地域、汚染物質の滞留する場所などを表すときに使われる。
この場合、瘴気が集中して湧く場所...といったところか...。
地質学者であったルーファスの姉ルーシーは、この時期、ウィズワルド東方一帯に瘴気のホットスポットがいくつも出現することを予測していたのだという。
同時に、病魔に侵された自らの身体が、とてももたないことも...。
「うん? じゃあ、幽鬼ルーシーが瘴気を発しているんじゃねぇってのか?」
スティールの疑問に、ルーファスが弾けるように顔を上げた。
クレアも、そしてあたしも、"それ"に気がついた。
「はい。ルーシー博士によれば、瘴気のホットスポットが発生するのは全部で8か所...」
どうやら、発生する場所もあらかじめ判明していたらしい。
「私は悔しい。私にもっと時間があれば...、人々を瘴気から避難させるための時間があれば...」
生前のルーシー博士は、そう言って嘆いていたのだという。
博士は、ウィズワルドの魔導研究所に、土壌の瘴気を無効化する『土壌改良剤』の開発を依頼していて、それがこの度ようやく完成し、量産化することに成功した。
旅人は、博士から依頼されていた通り、この地に土壌改良剤を届けに来ていたのだという...。
***
姉さんは、幽鬼となって瘴気をまき散らし、村々を滅ぼしていたのではなかった...!!
これから瘴気が発生するポイントに、敢えて幽鬼の姿で出現し、村人たちに避難するよう促していたんだ...。
「それがわかっただけでも、僕は十分だよ」
もういいよ、みんな...。
ありがとう...そう言おうとしたら、手荒く温かい叱声が浴びせられた。
「いいや、いいわけねぇだろうが!」
「ええ、そんなの、絶対にいいわけない!」
「ルーファスあんた...、ここで諦めちまったら、この先絶対に後悔するよ!」
有難かった。
姉さんを喪ってから誰にもかけられたことのない、温かな言葉だった。
***
突如、クレアが何かに反応し、走り出した。
スティールが、サンディが後を追う。
「姉さん...!!」
僕も、樹々の根につまずきながら、みんなの後を追った...。
***
幽鬼ルーシーは、瘴気によって枯れゆく森を眺めながら、まるで泣いているようだった...。
「姉さん...!!」
僕の呼びかけに、ゆっくりと振り返る幽鬼ルーシー。
「...の地を...出て行け...」
言語のレベルが、また以前のように拙いものに戻っている...。
「出て行け...、出て行けぇ~~~~っ!!」
言葉が通じぬもどかしさに苛立つ幽鬼ルーシーは、触手のようなリボンを伸ばし、僕たちに襲いかかってきた!!
***
僕の姉に対して遠慮が働いているのか、スティールやサンディの攻撃にはいつもの精彩さが欠けていた。
それでも、僕たちの攻撃は、幽鬼ルーシーを追い詰めてゆく...。
ついに幽鬼ルーシーが、動かなくなった...。
「姉さん、姉さん聞いて...!!」
僕がいくら叫んでも、幽鬼ルーシーは、
「...るさない...!」
「...ーファス、...ルーファス...!!」
「...の地から、この地から、...て行け...!」
...とまるで聞く耳をもたない。
姉さんは、幽鬼となって瘴気をまき散らしていたわけではなかった。
しかし、反魂の法をかけて、あの美しかった姉さんを幽鬼にしてしまった僕を、やはり恨んでいるのだろう...。
「わかった...、わかったよ...。姉さん...ごめん、姉さん...」
僕には、謝ることしかできなかった。
僕らを排除する霊力も残されていない幽鬼ルーシーは、ただただ、同じ言葉で僕を罵倒することしかできないでいる...。
「なあ、これでいいのかよ...」
スティールが、サンディが、ただただ見守ることしかできず歯噛みしている。
「!! そうだ...!!」
クレアがランタンを取り出して掲げる。
「ルミナ、今すぐルーファスとお姉さんが話せるようにして!!」
「できるんでしょ? ほら、あの時、アモナとガラハードさんが話せるようになったみたいに...」
「やりなさい! 仲間のピンチなのよ!」
有無を言わさぬクレアの迫力に、ルミナが折れた...。
「わ、わわわ、わかったわよっ!! い、一瞬だけですからね」
ルミナが念じると、辺りが光に包まれて幽鬼ルーシーの表情がどこか柔らかくなった気がした。
「ああ...、ルーファス...。顔を上げて、ルーファス...」
姉さんが、僕に話しかけてくれている...?
「...もう、時間がないの...」
姉さんが、寂しげにうつむいた。
姉さんは、この地に大規模な瘴気のホットスポットが出現することを知っていたのだという。
同時に、自分の身体が持病に打ち克つことができないことも...。
姉さんは、時のウィズワルドの魔導研究所所長のエマ・オディリアに瘴気の惨状を訴え、自身の研究した資料を提出するとともに、土壌改良剤の研究、作成を依頼した。
姉さんは、そこまでの備えをして僕の帰りを待っていたが、間に合わなかった。
「ルーファス、あなたは、死んだ私に反魂の法をかけてくれましたね...」
姉さんにその認識はあったらしい...。
「ですがそれは、残念ながら、とても死者を蘇らせるといえる代物ではなかったようです」
言葉がなかった...。
目的のみを見定めての急ぎ働きの研究...。
周囲の助言など耳に入らなかった傲慢さ...。
そのせいで僕は、あんなに美しかった姉さんをこのような姿に...。
ただただ詫びるしかない僕に、
「ううん、いいのよ」
姉さんは僕を慰め、そして不思議なことを言った。
「暗いところで眠る私に、"それ"はやってきてこう語りかけました。"やり残したことはないか?"と...」
僕は、似たようなことをどこかで聞いたような気がしていた。
来訪者の誰かからだったか、それとも息吹を求める旅の渦中、異世界でのできごとだったか...よく思い出せないでいた。
姉さんは、藁をもつかむような思いで、"それ"が差し伸べた手を掴んだのだという...。
"それ"が提示した条件は、2つ。
蘇生しても、その体を維持できる期間は、わずか数年であること。
そして、記憶のほとんどが失われ、話すことができる言葉もごくわずかになるだろうとのこと...。
元より、死して地中で永劫の眠りを続けるだけだったところに、不自由ではあるものの村人に危険を知らせることができるのだ...数年あれば、土壌改良剤も完成するだろう...。
姉さんが選んだ言葉は3つ。
瘴気のホットスポットから人々を退避させるための「この地から出て行け」。
姉にとって一番大切だという僕の名「ルーファス」。
「許さない」というのは、人々に恐怖をまき散らすため...。
弟の帰りを待って死んだ女が、恐ろしい形相でその弟を許さないとうめきながらこの地から出てゆくように言えば...誰もが一目散に逃げ出すだろう...。
僕は、あらためて姉さんに詫びた...。
僕が、中途半端に反魂の法を会得しなければ、姉さんの体はもっと現世に残ることができ、もっと豊富な言語で人々を説得することができただろう。
僕が、不完全な反魂の法をかけたばかりに...。
「いいえ、ルーファス...」
「私は、あなたが反魂の法をかけてくれてとても嬉しかった。これで、人々を瘴気の脅威から退避させることができる。これで、土壌の改良剤が完成するまでの時を稼ぐことができる、と...」
僕の重苦しかった胸のつかえが霧散するような気がした...。
同時に、とめどない涙が頬を伝った。
「ああ、もう本当に時間がないみたい...」
姉さんの姿が、徐々に透き通ってゆく...。
姉さんは、クレア、スティール、サンディを順番に見て、
「こんなにもあなたのことを思ってくれる仲間に出会えたのね...」
「もう、思い残すことはない...。わたしは、うれしい...わ...」
姉さんは、光の中に消えていった...。
そして、もう二度と現れることはなかった。
***
僕たちは、元ルゴール村があったとされる場所まで戻ると、あの西から来た旅人が、土壌改良剤を散布しているところだった。
生前、ルーシー博士が指示していたようで、先端が尖った杭のようなものに薬剤と土壌を混ぜたものを詰め、村をぐるりと囲むようにだいたい3歩間隔で埋めてゆく...。
なかなかの重労働に見えたので、村の広場だったところに荷物を置き、僕たちも手伝うことにした。
だいたい4分の3の薬剤を埋め終わった頃、みんなに促されて僕は姉さんの墓を清掃していた...。
墓の周囲を覆っていた枯草を除去し、墓石をきれいに磨いた...。
***
「...もう、済んだのかい?」
額からしたたる汗をぬぐい、悲鳴を上げる腰を伸ばしていると、食事当番だったサンディに声をかけられた。
サンディは、缶を潰していた。
(またカニ缶...。カニ炒飯かな?)
サンディの料理のレパートリーは意外にも少ない。
カニ缶を使った炒飯、ピラフ、釜飯、鍋あたりに落ち着くか、料理といえないような食材の組み合わせ(焼いた芋と干し肉とか、豆とシシトウ煮とか)がほとんどになる。
「うん。姉さんのお墓の周りをきれいにできたよ。腰は痛いし、そこら中、虫に刺されまくりさ。ハハハッ...」
旅人とクレア、スティールの方を見ると、薬剤杭の埋設はほぼほぼ済んだらしく、3人は村の井戸で泥を落としていた。
***
サンディが作ったのは、『正教式カニピラフ』だった...。
サンディが正教騎士団時代に教わった料理だったらしいが、何が正教式なのかはサンディ自身も知らないのだという。
「またかよ...」
...と呆れ顔だったスティールも、最後の一粒まできれいに平らげていた。
なんだかんだと、絶品ではあるのだ...。
クレアと旅人が、次の薬剤杭の埋設について話していた。
協力を申し出たが、手持ちの薬剤がもうないとのことで、次はウィズワルドから人を雇ってやってくるとのこと...。
旅人がウィズワルドに帰ってゆくのを見送った僕らは、あらためて姉さんの墓を訪ねた。
クレアが見つけたという花を1輪、姉さんの墓に手向け、それぞれの流儀で祈りを捧げた。
「じゃあ、そろそろヴェルメリオに戻りましょうか...」
皆が、ルミナが展開した魔法陣の方へと向かう。
「みんな...ありがとう...。今回のこと...僕は、一生...」
僕は、あらためてみんなに礼を、礼を...え?
「...一生忘れないだろうねぇ」
「...ああそうだ。俺の口止め料は、ブラスに帰ってから黒ビール1樽で手を打ってやるよ」
「あたしは、茹でガニの大皿でいいよ。なんてったって、仲間なんだからね」
「...大丈夫だ。口が裂けても、イヴァールなんかにゃ告げ口しねぇって」
あ、悪魔が2匹いた...。
僕に、これ以上かしこまった礼を言わせないためのものかもしれなかったが、しっかりと言わせてもほしかった...。
そういう意味でも、ヤツらは悪魔だった。
「さあ、そろそろ帰るわよ~」
僕たちは、光に包まれた...。
***
魔法陣からの光が収まると、デバコフ教授がかがみこんで脇の下から玉座を逆さに見ている最中だった...。
「...おや、もう戻ってきたのでスカ。噂通り、ノータイムでの帰還でしタネ...」
少し照れくさそうに起き上がる教授...。
玉座に刻まれている紋章が何かに似ていると思っていたところ、錬金の街ブラスの街章と酷似していることに思い至ったのだという。
「おや、ルーファス君。どうされまシタ? 体の具合デモ...」
スティールとサンディに対して拳を突きあげた姿勢でヴェルメリオに戻ってきた僕を、教授がさも珍しいものでも見るかのように凝視している。
この辺りのことは正直レポートしたくないので割愛する。
(え~~~~! by級長)
(チッ... by用心棒)
(ふ~~ん... by冒険家)
(ホウ... by教授)
デバコフ教授は、賢者の間で発見したことを持ち帰るために一度ブラスへ戻るつもりだという。
なかなかにしんどい旅だった僕たちも、命脈返還の旅は次の機会にすることにしてブラスの街へ帰ることにした。
「帰って黒ビールと茹でガニで乾杯、だね~。ルーファス、ごちそうさん!」
デカ女の悪魔が、バシバシと背中を叩いてくる。
クレアが、スティールが、教授が笑っている...。
僕も、歯噛みしながらも、笑みを浮かべていたと思う。
何の後ろめたさもなく、幸せをかみしめることができる...。
僕はあらためて、心の中でみんなに礼を言った。
「放っておいてください!! ご、後生ですからっ!!」