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REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第3章] 3-9

2年前の政変

担当:クレア

「おばば様に、お伺いしたいことがございます」
まるで果し合いでも挑むようなサンディの声が響き渡り、この場にいる誰にとっても重苦しく感じられた空気が祓われる。
それは、おばば様にとっても同様だったようだ。

「このおばばに答えられることでしたら、なんなりと...」
寛容さを見せるおばば様であったが、サンディの次の発言で、それまでたたえていた笑みが少しだけ強張る...。

「2年前、クリスタル正教内部で起きた政変についてです」

たしか、私たちがいるのが公国暦13年...つまり、2年前というと公国暦11年ということになる...。
スティールが指を折って数えて示し、ルーファスが静かにうなずく。

「政変...? これはこれは...、クリスタル正教に政変などございませんよ」
さすがに表情こそ変わってはいなかったが、少しだけ語気がうわずるのを軽い咳払いで隠そうとするおばば様。

「いいえ。水の巫女オリビア様、ならびに風の巫女アニエス様の巫女選出にまつわる政変が確かにあったはず」
サンディの鋭い斬り込みに、おばば様は息を飲み、隣にいる水の巫女オリビア様は驚愕の表情を浮かべる...。
(サンディの発言は、オリビア様も知らなかったことということかしら...)

「...どうして、それを...?」
その言葉がすでに、おばば様が2年前の政変について知っていることを示していた。
おばば様の言葉には、どうして一介の冒険家風情がそれを知っているのかという疑問と、何を知っていたとしてもそれを明らかにはしないように...という圧力が込められている。

「2年前、クリスタル正教を牛耳っていた長老派の専横を正そうとした清流派の司祭十数名が粛清されました」
サンディの手加減のない斬り込みに、おばば様の右手が左の袖口を握りしめて小刻みに震えている...。

『長老派』とは、クリスタル正教の変革や改新を嫌う、いわゆる既得権益を持つ者たちの総称...変革をして膿を出し切らねば正教の腐敗は除くことができないと声を上げ、一部の信徒から支持を集めている『清流派』に対して圧力をかけ続けていた。

「その中に、アリーシャという司祭がいたはず...」
アリーシャ司祭の名を聞いたおばば様は、驚きの表情を浮かべて握りしめていた袖口を離し、オリビア様は、おそらくは聞いたことがないその名を確かめるようにサンディをじっと見つめている。

サンディは、ひとつ大きく息を吐くと、あらためてオリビア様を見据えて発言を続ける。

当時、水の巫女と風の巫女(オリビア様たちにとっての先代巫女)が、時を同じくして天に召された。
水の神殿、ならびに風の神殿は、古式に照らし合わせて推挙した2人の巫女候補(水の巫女の子オリビアと風の巫女の子アニエス)に対し、自分たちに有利になる巫女を選出しようとした『長老派』は横槍を入れてきた。
その暴挙を阻み、オリビア様の水の巫女就任と、アニエス様の風の巫女就任を後押ししたのがアリーシャ司祭たち『清流派』一派であった。

オリビア様は、自身の巫女就任の陰にそんなことがあったのかと素直に驚きを示し、おばば様の方を凝視する。

「...その件は、確かに存じております」
一度目を伏せ、観念したのかおばば様は、自身が知る2年前の政変を、サンディに向かって明かし、その言葉は、今度は鋭い刃となってサンディを深く貫いた...。

「アリーシャ司祭は、たしかグランツ公爵家から正教騎士団に派遣されていた従者ともども処刑されたと...」

(その従者とは、まさか...!?)
私たち3人が見つめると、サンディは、"処刑"というショッキングな言葉よりも、"従者ともども"という言葉に驚き、放心していた。

ふらふらとよろけるようにして館の外に出てゆくサンディ...。
私たちは、サンディの後を追った。

  ***

サンディが背を向け、振り返るまでの間、私たちはじっと待っていた。

遠くのコンサート会場からは退廃的な音楽が流れ、向うの辻々では客を引く声が飛び交い、近くでは、猿を使って盤上遊戯をさせる親父のだみ声が響く...。

サンディが振り返り、ぽつりぽつりと語り始めた。

  ***

サンディは、この国の西方に領地を持つ『グランツ公爵家』に仕えていたという。
サンディが20歳の時、武功を認められて正教騎士団に推挙されたのは前にも聞いたが、正教騎士団入りしたサンディに、最初に命じられたのがアリーシャ司祭の護衛だった。

アリーシャ司祭とは、ちょうど今の私と同じような年恰好の若い司祭で、サンディと司祭は、護衛と護衛対象者というよりは、仲の良い友だち同士のような関係だったそうだ。

長年、クリスタル正教を牛耳ってきた『長老派』に、『清流派』が反旗を翻したのは、公国暦10年のことだといわれている(※ただし、清流派と呼ばれた反長老派の団体は、歴史上、いくつも存在し、その都度徹底的な弾圧を受けて消滅している)。

その清流派の反旗が実を結んだのが公国暦11年の『水と風の巫女の同時就任』であったが、直後、長老派の痛烈な反撃を浴びることになる...。

清流派として名高い者、清流派と思しき者、清流派に協力をしたという噂がある者...、2千名に及ぶ者が捕縛され、ろくな裁判もされずにそのことごとくが刑場の露と消えた...。
アリーシャ司祭が処刑されたことを獄中で知ったサンディは、処刑の前日に獄を破り、アリーシャ司祭を長老派に売った者数名を誅して騎士団を出奔した。

『正教首都ガテラティオ』から嵐の中を小舟に乗って出港し、数日後、フロウエルの東海岸に漂着したサンディは、自身の手配書が出回っていることを知り、主家グランツ公爵家に火の粉がかかるのを恐れて故郷には帰らず、ナダラケス大陸へと渡って冒険家になったのだという。

(それで、自分を盾にして、アリーシャ司祭とよく似た私を守ろうと...)

「この世界のあたしは、アリーシャ司祭と一緒に処刑されたらしい。ハハハ...、司祭と一緒に...」
サンディのつぶやきは、まるで泣いているようだった。
それが、司祭と運命をともにできたという嬉しさなのか、この世界でもなお司祭を守り切れなかった悔しさなのかは、よくわからなかった。

  ***

数刻の後、おばば様の館からオリビア様が出てきた。
おばば様との話は済んだというが、オリビア様の意見が何一つおばば様に響かなかったことがありありとわかる沈んだ表情だった。

  ***

「私は、何も知りませんでした...」
オリビア様は、まるでサンディに詫びるように声を震わせて言った。

自身を巫女の座に就けるために尽力してくれた多くの人がいたことも、その人たちがどのような目にあい、死んでいったのかも...。
今現在もこの国に迫る危機や、この国を狙う勢力の存在についても、オリビア様は存じていなかったのだという。

サンディが、涙に暮れるオリビア様の認識の甘さを優しくたしなめる。
「彼らが狙っているのは、この国や民などではありません。狙われているのは水のクリスタル...! そして、あなた様のお命...」

「そう...ですか...。私の...」
オリビア様のつぶやきが、フロウ湿原を吹く湿り気のある風にかき消された...。