デジタルゲームのための自然言語処理　第１回　自然言語処理（NLP）とは

・はじめに

　スクウェア・エニックスAI部では、自然言語処理をデジタルゲームに生かすための研究開発を進めています。2023年4月24日には、Tech Preview という形式で「SQUARE ENIX AI Tech Preview: THE PORTOPIA SERIAL MURDER CASE」をリリースさせていただきました。体験してみてくださった皆様、まだ体験していないけれど気に掛けてくださっているという皆様、本当にありがとうございます。

　「SQUARE ENIX AI Tech Preview: THE PORTOPIA SERIAL MURDER CASE」は、自然言語処理とは何かを体験していただくためのソフトウェアです。では、そこで使われている「自然言語処理」とは、いったいどのような技術なのでしょうか？　この記事を含めて数回に分けて、「自然言語処理」とは何か、私たちはそれにどう取り組んでいるのか、お話をすることができればと思います。


・「自然言語処理」とは　

　まず、自然言語とは、私たちが日常のコミュニケーションに使っている「ことば」のことを言います（この文章も、日本語という自然言語で書かれています）。そして、自然言語処理（Natural Language Processing, NLP）とは、自然言語をコンピュータによって処理する技術の総称であり、AIの一分野です。

　一口にNLPと言っても、その対象とする範囲は広く、多様なタスクが含まれます。長い文章の内容をまとめる「要約」、入力に対して単語や文章で回答する「質問応答」、文書の内容を識別する「テキスト分類」などがあり、法律や医療など業界固有の内容を扱うための工夫も研究対象となります。
　もっと身近なところで例示すれば、「日本語入力」が挙げられます。コンピュータに入力した文字を、ひらがなやカタカナ、漢字の混じった表記に変換してくれるシステムが行っていることも、自然言語処理であると言えます。今となっては日常に溶け込んでいて、「これは自然言語処理だ」と改めて意識することは少ないのですが、前後の文脈を踏まえた適切な「かな漢字変換」を、軽量かつ高速に実行することは、NLPの重要な応用のひとつです。

人間の使う言葉には曖昧性があり、同じ単語でも複数の意味を持っていたり、状況や経緯の違いでニュアンスが異なったりすることがあります。こうした人間の言葉の曖昧性をコンピュータに理解させること、すなわち、自然言語理解（Natural Language Understanding, NLU）は、NLP にとって重要な課題です。そして、自然な文章をコンピュータに出力させる自然言語生成（Natural Language Generation, NLG）は、様々な実社会応用につながることが期待され、人間のオペレーターに代わって質問に答えてくれるAIや、雑談のチャットに応じてくれるAIの研究などが進められてきました。

　ちなみに、NLP と言ったときには、テキストを対象にすることが一般的です。音声認識（Automatic Speech Recognition, ASR もしくは Speech-To-Text, STT）や音声合成（Text-To-Speech, TTS）などの音声処理は、テキストとは異なる特性を持った「音」を扱うことから、異なる専門性を求められる分野となります。とはいえ、STT により音声をテキスト化して、そのテキストを NLU で理解したり、NLG で生成されたテキストを TTS で音声に変換したりなど、これらの技術は NLP の応用と密接な関わりを持っています。

　さて、この10年間でNLP は大きく進化を遂げました。たとえば、コンピュータによる翻訳（「機械翻訳」と呼びます）は飛躍的に精度が向上し、日常的に、そしてビジネス用途でも、使われるレベルになりました。今日では、人間が書くのと遜色のない文章、それも、難しいとされてきた「創作的な」文章の生成が、高いレベルで実現されてきています。こうした爆発的な進化の中心になってきたのは、第三次AIブームを牽引してきた「ディープラーニング」と呼ばれる技術です。
　一連の記事の中では、こうした技術やその背景についてご説明するとともに、どのようにデジタルゲームに応用しうるかについても、お話ししていければと思います。

　初回は、触りとして、「自然言語処理とは何か」のお話をいたしました。
　次回は、ディープラーニングの勃興によって自然言語処理がどのように発展を遂げてきたのか、この10年間の流れを概観していきたいと思います。