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REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第007章] 7-2

義手とチェス

担当:スティール・フランクリン

血砂荒野の北部...、S・ビリーは陣を構えていた。

そこは、ビリーが好んで陣を構える土地で、国境の街ニーザの哨戒網から外れた場所である上に、機工島ゲレスから海を渡ってやってくる技師と落ち合うのに好都合な立地であった。

今日もまたS・ビリーは、ゲレスの技師を呼び寄せ左手の義手のメンテナンスをさせていた。

「新しい義手を注文したのは3ヵ月前。それなのに届いたブツは旧型で、派遣されてきた技師は三流ときたもんだ」
文面だけみれば、苛立ちが伝わってきそうなものではあったが、ビリーの口調は穏やかで、技師に対しての親しみすら感じられるものであった。

「...そう文句を言われても、もってきた義手が最新式にはなりませんよ」
ゲレスの技師の方も、あの凶悪さで知られるビリーに対して、平然と受け答えしている。

「ふん、言うじゃねぇか。機工都市ゲレスの一級免状も持ってねぇヤツがよ」
ビリーの煽りにも技師はまったく動じない。
動じないどころか、ビリーをたしなめたり、時には悪しざまに言ったりしてまったく遠慮というものがない。

「一級免状は、品行方正な技師にしか発行されませんからな」
曰く、こうやって広域盗賊団のキャラバンにまで足を運び、ご禁制の部品を取り付けに来るような技師には、一生縁がないものらしい。

ビリーがその気になれば、腕の一振りで息の根を止められそうな痩せた男が、ズケズケと言い放つ...。

ビリーの手下には、ビリーに直言するような者はひとりもいない。
ビリーのため、団のためを思い直言を試みた者は皆、ビリーの癇癪によって命を落としたり、遠ざけられて団を抜けたりと、自然、周りには、ビリーを恐れ卑屈な笑みをみせるか、押し黙ってただ付き従う者しかいない。

(そう、親父を殺しちまったあの日から...)
このゲレスの技師は、問われれば遠慮なく思ったことを口にするが、問われなければ余計な口は叩かない。
そういったところも、ビリーは気に入っていた。

***

「ゲレスで何があった...?」
技師は、軋む駆動部に丁寧に油をさしながら、しばらく間を置いて答えた。

「...空前の特需に賑わってございます」
最新式の機甲兵器の大量発注があったらしく、部品も技師も、何もかも足りないと大騒ぎになっているらしい。

ビリーの発注した義手を作るための部品もなかなか調達することができず、技師は、旧型の部品で最強の義手を作り上げ、ここにやってきたのだという。

「お前とは...、何年のつきあいになるんだろうな」
ビリーとその技師との出会いは、ビリーが左腕を失って、フランクリンが呼び寄せたのが最初...かれこれ26~27年になる。

フランクリンは、ただでさえ高価だったゲレス製の義手を、ビリーの成長に合わせて何度も何度も注文しては、目の飛び出るような代金を支払っていた。

あの子煩悩だった父を、ビリーは殺害した...。
そんな、他の誰からのものであっても怒り狂いそうな話題を、技師はさらりとしてのけ、ビリーもまた言われるままにしている。

「.........。そういう運命だったのさ、親父も、そして俺も...」
技師は、肯定も否定もしない...。
ビリーもまた、これまで言い尽くしてきた言い訳を口にしなくてよいこの感覚に、微かな心地よさを見出しているようであった。

***

義手のメンテナンスは終わった。
出力は限界まで上げておいたが、その分、耐久性に問題が残るらしい。

一撃で仕留めればよい...そのための出力向上でもあった。

技師は、それに加えてバーサーカーモードなる新機能も付けてくれていた。
上腕のカバーを外し、隠しスイッチを押せば、パワーは約4倍、火力は2倍、反応速度は7倍にも増大する。
ただし、それを維持できるのはわずか5秒間。
それ以上は、保証できないらしい。
よくて可動しなくなる...場合によっては爆発まで考えられるが、ビリーにとってはそれもどうでもよいことであった。

ビリーは、満足げに技師に対して報酬を支払った。
馬車いっぱいの財物。そのまま乗ってゆくがいい...そう言われた技師は、ふと足元に目をやり、地面に描かれたマス目と小石について尋ねた。

ビリーは、そのすっかり忘れていたマス目を見て照れ臭そうに笑った。

曰く、ザレルに伝わる大昔の武将の伝説で、左肘に受けた毒矢の摘出手術の際に、悠然と碁を打っていたという逸話があったらしく、それじゃあ一丁チェスでも打ってみるかと部下に用意させたはよいが、ビリーも部下もチェスなどやったことがなく、数手打っただけでそのままになっていたのだという。

技師は、その途中まで指された盤面をしげしげと眺め、やがてぽつりとつぶやいた。

「あなた...、詰んでいますね。もう、逃げ場はどこにもありませんな」

(ふっ、何をばかな...)ビリーはそう鼻で笑おうとしてうまく笑えない自分がいるのに気づいた...。

逃げ場、か...。
ビリーは、西へ遠ざかる馬車を見つめ、あらためて鼻で笑ってやった。
そらぞらしい笑い声が、血砂に乗って消えていった...。