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REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第010章] 10-3

主従の別れ

担当:クレア

国境の街ニーザを陥落せしめ、血砂荒野に進出したザレル軍8万は、ブラスの真北にあたる地に広大な陣を布いた。

そこに、大王ザレル2世と大神官ヅクエフが2万の兵を率いて合流し、総勢10万という空前の大陣容となっている。

「ふ~、やっと着いたね~」
ザレル2世は、やはり眠そうにしている。
輿の上で揺られた長旅で...というよりも、20年間眠り続けた疲れでぼうっとしているようだ。

ザレル2世は、陣の中央にそびえる出来上がったばかりの大幕舎を眺め、その威容に感嘆の声をあげていたが、

「どこから見ても、余の居場所がよくわかる...」

...と王麗の顔を見て目を細める...。

「ああ、そうか...。王麗は余を囮にして敵を叩こうってわけだね」

いつも毅然としている王麗が困りかけた表情をしているとついもっといじめたくなる。

「はははっ、冗談だよ。そう怒るな王麗」

ザレル2世は、王麗の若干恨めしげな視線を避けるように本陣へと向かっていった。

また寝るのだという...。

***

「大神官殿、お耳に入れたき儀が...」

大幕舎へと向かうザレル2世を見送る大神官ヅクエフに、王麗が話しかけ、これまでにない雰囲気を嗅ぎ取った大神官は耳を傾ける。

***

「な、何っ...!! ブラスの街の顔役が、デバコフという名の錬金術師だとっ!!」

今度は、いつになく狼狽える大神官の姿があった。

王麗が言うには、そのデバコフという錬金術師は、21年前のブラスの戦いでザレルの陣を焼き払い、大王ザレル2世の心をへし折った者と思われる...。

興奮を抑えきれない様子の大神官は、四将に対して副将とともに本陣へ集まるよう命じた。

***

「少しだだっ広いけど、薄暗くて居心地がいいね」

大神官ヅクエフの只ならぬ雰囲気を察したのか、ザレル2世は大幕舎の作りに関しての話題で機先を制しようとしたが徒労に終わった。

「...大王様、お人払いを」

嫌がるザレル2世に「大切なお話がございます」と念を押す大神官であったが、それがゆえにザレル2世はヅクエフとの対話を嫌った...。

(今日のヅクエフは、そのわがままも許してくれないらしい...)

観念したザレル2世は、周囲に控える近衛兵に下がるように命じた。

***

別れの時...。
ザレル2世には、ヅクエフの言おうとしていることが何となくわかっていた。

「はい。ヅクエフという肉体の寿命はもとより、私を支える思念の寿命がそろそろ尽きようとしております」

他の器への転生も不可能だという。
ヅクエフがそういうのなら、きっとそうなのだろう...。
それでもなお、ザレル2世は、ヅクエフとの別れを惜しんだ。

「...初めて出会ってから、何年になる?」
「22年になります」

広すぎる玉座の間に、主従の会話がゆっくりと流れる...。

***

あの日、王都の地下深くで錬金学の研究を続けていた錬金術師ヅクエフが久しぶりに地上に出てきたと思ったら、王都はザレル軍に占拠されていた...。

聞けば、ザレル軍に急襲され、幼王は西へ逃走...。
宰相のランケード伯は、ザレルの陣門で処刑されてしまったとのこと。

ヅクエフの上司にあたる者は、とっくの昔に王都から退去していて、いつの間にかヅクエフが錬金術師たちの長ということになっていた。

ザレル・ウルスの大王ザレル2世が、ザレルに降伏したクランブルスの遺臣たちに引見するとかで、城の大広間に呼び出されたヅクエフであったが、案内されたのは広間の入り口の方が近いいわゆる末席であった。

(...で? どれがザレル2世だというのか...)
ヅクエフは、上座の方を眺めてみたが、生粋の近眼に加えて何百人と居並ぶ諸将越しでは、ザレル2世の姿などとても見えない。

諦めてこの退屈な時間が早く過ぎるのを待っていたヅクエフの耳に、複数の者が広間へと入ってくる音が聞こえた。

(ザレルの装束でも、クランブルスの装束でもないな...)

その数人の男たちは、数百人の遺臣たちすべての視線がザレル2世に向かう中、早足で玉座に向かって歩を進める...。

違和感を覚えたヅクエフは、わき目で男たちを見たまま、遺臣たちの側をかき分けてゆくと、男たちが急に走り出した...!

ある者は曲刀を抜き払い、ある者は小型の石弓に矢をつがえて玉座に疾駆する。

(あれは、砂漠の大国ルーシャの曲刀...。そうか、先年ザレルに滅ぼされた...)

ヅクエフの知らぬ間に王都はザレルに占領され、自分のあずかり知らぬところで降将としてこの広間に呼びつけられていた。

(おそらくあの男たちは、大王ザレル2世の命を狙う刺客...。私にとっては、何のかかわりもない。勝手に殺し合えばよい...)
そう考えながらもヅクエフの歩は刺客たちと並行するようにして玉座へと向かっている。

刺客たちが、玉座へあと50歩のところまで近づいた時、ルーシャの言葉で何かを喚いた。

3人の刺客が石弓を構え、他は皆玉座へと走りだす。
広間の隅にいた衛兵たちが怒号を上げるが間に合わない!!

「はあ...、しかし私は、知ってしまったからな...」

短い溜息をひとつついたヅクエフは、初老の研究者とは思えぬ俊敏さで刺客たちと玉座との間に躍り出て、両の手を広間の石畳に張り付けた。

すると、広間の石畳が刺客たちに向けて波打つように激しく揺れ、刺客たちが体勢を崩す。
次いで、石畳から引きずり出すようにして壁を発生させて、飛来した矢をすべて弾き返す...!

刺客たちは、駆けつけた衛兵たちにすべて討ち取られた。

ヅクエフは、朦朧としていた。
急に体を動かし、術に霊力をもっていかれ...。

(早く、地下へ帰って休まねば...)

とぼとぼと歩きだすヅクエフに、玉座の方から声をかけられる...。

「そこの者、その術は何だ...?」

それが、ヅクエフとザレル2世の出会いだった...。

***

「初めてお目にした錬金術に、目を輝かせておいででしたな...」

ザレル2世は、錬金術という初めて見る術で見事に刺客を退けたヅクエフを側に置くようになった。

政治、軍事、外交と、何ごともヅクエフに相談し、錬金学ではどう解釈するのかを常に諮問した。

その姿は、祖父を慕う孫のようにも見えたという。

ヅクエフは、ザレルの旧臣たちからの嫉視されたのはもちろん、ザレルに降ったクランブルス遺臣の、ヅクエフよりも高位だった者たちからも執拗な嫌がらせを受けるようになった。

ザレル2世は、戦闘民族ザレルの気風通りに、ヅクエフに戦で大勝をおさめさせそれらの讒言を弾き飛ばすことにした。

それが、『遺跡の街ブラスの戦い』となる...。

予期せぬ、そしてヅクエフにとって今思えば宿命の敗退...。

翌年の『天衝山麓の戦い』では、もっと多くの犠牲者を出してしまった。

敵のサイローン帝国は、7人の将すべてが戦死し、双方合わせて10万もの死傷者を出した大会戦...。

ザレル2世もまた重傷を負い一命を拾ったのだが、これには戦史にも残らぬザレル2世とヅクエフの2人だけの秘密があった。

ザレル2世が重傷を負ったのは、敵兵に囲まれたヅクエフの命を助けるために無謀ともいえる突撃をしたせいであった。

「あの時、私がしっかりしていれば、いや、せめて大王様が助けに来る前に死んでいれば...」

ザレル2世は、くだらぬことだと一蹴するも、ヅクエフは、今でも夢に見る痛恨の出来事だった。

***

「余は、お前にどうやって報いればよい?」

これまでのヅクエフの献身を、ザレル2世は繭の中からずっと見ていた。
しかし、元々不遇な人生を送っていた自身に光を当ててくれたザレル2世に対し、ヅクエフが望むものはひとつしかなかった。

「...出撃を。私の出撃をお許しください」

嫌な予感が的中しつつあるのを、ザレル2世はありありと感じていた。

「この命が燃え尽きようとしている今、王麗が、私が命を懸けるにふさわしい情報を持って参りました」

予感が、確信に変わってしまった...。
ザレル2世は、ヅクエフの願いを聞き容れるしかなかった...。

***

「...そういうわけでな。私はこれから錬金の街ブラスに戦いを挑む」

王麗は、大神官ヅクエフが急に老け込んだような気がしていた。
その大神官ヅクエフが自ら兵を率いて出撃する...。
ともに戦うとばかり思っていたガイラやソーニャなどは肩透かしされた思いであったが、王麗だけはそうなることがわかっていた。

「そこで、お前たちに預けていた副将たちを返してもらう」

風の副将ウガンは滅してしまったが、土の副将サージ、水の副将サガン、火の副将ウージは、大神官ヅクエフの下で戦うことになる。

「大神官殿、ご武運を...!」

他の3人の将とは違う意味が込められた王麗の言葉に、大神官はただうなずくだけであった。