BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS

REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[第010章] 10-17

異変

担当:クレア

終始殺気のない、まるで試合のような戦いが続いた。

ザレル2世と四将の心地よいまでの連携と、それに決して劣らない我ら錬金ゼミ生の結束...。

天高く飛翔したスティールの脇を、王麗が放った火の玉がすり抜けてゆき、天井に吊り下げられていた大きな絹地を焼いて落下させた...。

私たちとザレル2世の間に落ちてきた大きな絹地が、戦いの潮目となった。

「ふ~、疲れた疲れた...」

ザレル2世が、両手を腰に当てて無防備に伸びをしている。

「ご満足...いただけたでしょうか...」

この場にいる誰もが明らかに構えを解いている。
しかし、ザレル2世の返答は、予想の外側にいた。

「戦いはもういい。しかし、答え合わせをしておきたいんだ」

私は、一瞬何を言われているのかわからなかった。

「王麗、神官に馬乳酒を持ってこさせろ。そうだ、この者たちにもふるまってやれ」

スティールが長剣を鞘に収め、隣でサンディが喉を鳴らしている。
王麗が神官を呼びつけて何かを指示していた。

***

「余の心臓には、『闇のクリスタル』なるものが同化しているらしい」

ザレル2世が左の胸を指してそう言った。
20年前の『天衝山麓の大会戦』で重傷を負ったザレル2世を救うために、錬金術師ヅクエフが、クランブルス王家に伝わる秘法、『クリスタルの繭』を、ザレル2世の心臓付近に錬成したという。

大神官となったヅクエフは、『クリスタルの命脈』を異世界から入手することによってこの繭を育み、四将の活躍によってザレル2世を昏睡から目覚めさせることができた。

なるほど...ザレル2世はクリスタルについて知りたいらしい。

「それについては、より事情に詳しい者がいます」

私はランタンを掲げたが、ルミナは最初無視を決め込もうとしていた。

「ほれ、ここは人見知りしている場合じゃねぇぞ。出てこい、ルミナ」

そうスティールにどやされて、はじめてルミナは姿を現した。

***

「こ、これは...! 世に聞く妖精なるものか...?」

ザレル2世のキラキラしたまなざしに見つめられて、ルミナもまんざらではなかったみたいだった。

「錬金の妖精、ルミナよ」

私は、このルミナこそがザレル2世の心臓に同化したという『闇のクリスタル』を産んだクリスタルの母であることを告げると、ザレル2世は馬乳酒を飲んでいた器を床に置き、身を乗り出して興味を示した。

遠方で砲撃が炸裂する音が響いていた...。

「大王様、ここはまず陣中の混乱を収めるべきかと...」

王麗に促されたザレル2世は、ナンナンとソーニャ、ガイラに陣中の騒ぎを収めてくるよう命じた。

ザレル側だけ兵を退いても、進軍中の人たちが退かなければ騒ぎは収まらない。
今、陣中で暴れているのはおそらくブラスの人たちだろう...。
私は、ブラス側の人たちに戦いを止めてもらうよう、サンディとルーファスに行ってもらうことにした。

サンディは、例の火の巫女カーシャ様の予言がよほど気になるのか、私から離れるのを拒んでいたが、最後は折れてくれた。

***

はるか古代に、世界の荒廃を止めるために錬金の力で万物の根源である『クリスタル』を創造する事業があったこと。

その一環で、ルミナが最初のクリスタルの御子を産み、それがやがて繭になり...、軌道に乗りかかっていた中、その事業は突如中断されてしまった。

それは、そのまま繭が孵ると『無のクリスタル』が誕生し、世界は崩壊どころか瞬時に破壊されてしまうことが判明したからだ。
古の大錬金術師は断腸の思いで事業の中断を決めた。
しかし、古の大錬金術師の双子の弟、錬金術師カウラは、兄の決定に不服を抱き、どうしても事業の存続を拒み続ける兄を刺殺した後、繭を奪って錬金の都を去った。

錬金術師カウラは、かつてのクランブルス王都があった辺りにたどり着き、繭を隠匿した。

カウラは、賢者の間と同等の機能を持った広間(後の繭の玉座)を建造し、クリスタルの創造事業の継続を試みるも、志半ばで死を迎えてしまう...。

数千年の年月が過ぎ、カウラがいた都市は、クランブルス王国の都となっていた。

かつて錬金の都と呼ばれていた錬金のピラミッドの界隈(ブラスの界隈)は遺跡の街と化していて、古の大錬金術師が育んだ原初の錬金学は滅んだといってもよい。
現代の世に伝わる錬金学とは、カウラが育んだ錬金学ということになる。
(後に、デバコフによって錬金のピラミッドの発掘や研究が進み、ようやく本来の錬金学へと徐々に軌道修正されることになる)

錬金学を否定する先人の思想を酌む『世界教』と近しいクランブルス王国においては、錬金学自体が傍流の学問とされていたが、その秘めたる力に着目した四家によって『賢者の意思』の破壊命令が下り、錬金術師ヅクエフが弟のデバコフにこれを持たせ、王都から落ち延びさせた。

一方、クランブルス王都はザレルの侵攻によってザレル・ウルスの首都、大都となり、ザレル2世と錬金術師ヅクエフが出会う。

ヅクエフと錬金学に興味を持ったザレル2世は、ヅクエフに異例の出世をさせようとするが、旧臣たちの反対に遭い、ヅクエフに手柄を立てさせるべく遺跡の街ブラスの攻略を決定する。

遺跡の街ブラス侵攻の戦略的理由など特にはなかった。
ニーザの街は、別の将による攻略が決まっていたので、"次に近いから"というただそれだけの理由でブラスの街が選ばれたらしい。

これを聞いた私は、たったそれだけの理由で両親を殺され、寂しい幼少期を過ごしてきたことを思えば怒りに震えるべきなのだろうが、なぜか妙にまるで他所事のように空虚な気持ちでいた。

ブラスの街に逗留していた錬金術師デバコフが、死の淵に沈もうとした赤ん坊だった私の心臓に『賢者の意思』を錬成し、迫りくるザレル軍を瞬時に撃退した。

***

古の大錬金術師と錬金術師カウラの確執...。
現代における、錬金術師ヅクエフとデバコフ兄弟の数奇な運命...。

「クレアとやら、我らがここで出会ったのも5500年前に定められた運命だったのかもしれないね...」

私は、この時のザレル2世の悲しげな表情が忘れられなかった。
もしかしたら私も、似たような表情を浮かべていたのかもしれない。

「時に、ルミナ...。大錬金術師が、異世界に『クリスタルの息吹』を求めたのに対し、錬金術師カウラは、そしてヅクエフは、なぜ異世界に『クリスタルの命脈』を求めたのだ?」

ルミナは、ザレル2世の質問に「愛情の深さ」と断言した。

クリスタルの繭は、クリスタルの息吹をもって育まれると『光のクリスタル』が誕生し、クリスタルの命脈をもって育まれると『闇のクリスタル』が誕生するといわれているらしい。

慈愛と調和の力を秘める光のクリスタルに比べ、闇のクリスタルは騒乱と混迷の力を秘めるといわれているが、何よりも、何があっても生き抜くという生命力に溢れているという。

錬金術師カウラが死んだ姉を蘇らせるために、そして錬金術師ヅクエフは、自らを見出してくれた瀕死のザレル2世を、何がなんでもこの世につなぎとめるために、闇のクリスタルを誕生させることに懸けた...。

...たとえ、それによって異世界のクリスタルが枯死し、そこに住まう者たちがどのようになったとしても...。

「命脈を奪われた異世界は、滅ぶのか...」

ザレル2世は、まるですがるかのようにルミナに訊いた。

すぐに滅ぶとは限らない...ルミナはそうは言ったものの、クリスタルの調和をもって均衡を保っている世界がそれを失ったらどうなるか...。
それは、子どもでも想像できることであった。

ザレル2世は、辛そうな顔つきで、絞り出すようにつぶやいた。

「...ここでもまた、余は、他者のものを奪っていたのか」

私たちが答えに窮していると、ふっと笑みを見せ、

「クレアとやら、余は錬金術に興味がある。そして、他者のものを奪わぬ治世にも興味がある」

「まったく奪わぬというのも無理な話だろうが、少なくとも、打算と惰性によって作られた気風によって縛られるのは、やめたいと思う」

...そう断言した。

ザレル2世は、火の将王麗に、何かを言いつけようとした。
そして、その動きがピタリと止まった...。