BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS
REPORT錬⾦ゼミ活動レポート
[第010章] 10-19
執行者ルミナ
幾筋もの光を放ちながら、英雄の妄執は消えていった。
「終わったのか...?」
スティールの問いかけに、誰も何も答えられないでいる。
何かを言おうとしても荒い呼吸で何も話せない...。
四将も無事だったらしい。
ひとり、またひとりと起き上がってくる。
ふと天井の方に目を向けると、宙にザレル2世が浮かんでいた...。
仰向けの状態で両手両足がだらんと垂れ下がっている。
意識はないらしい。
「だ、大王様っ...!!」
王麗たちが駆け寄ろうとするとザレル2世の胸のあたりに、闇のクリスタルのイメージが現出し、ゆっくりと明滅する。
闇のクリスタルが、急激に何かを吸い込んでいるようだった。
かなり離れた位置にいる僕の髪も、コートの裾も闇のクリスタルにまるで吸われるようにそよいでいる。
「や、闇のクリスタルが暴走...?」
そう口にしたルミナが、さらに驚いたように叫ぶ...。
「いいえ、違うわ...! ダメよっ...!! これ以上、闇のクリスタルに力を与えては...!!」
僕たちは、ルミナが何に慄いているのかがわからず、ただただ顔を見合わせるだけだった。
「闇のクリスタルが、無のクリスタルに変わってしまう!」
古の大錬金術師がもっとも恐れ、クリスタルの創造事業を頓挫までさせた無のクリスタルの誕生...。
一瞬で世界を崩壊させるとまでいわれた無のクリスタルが、目の前で生まれようとしているというのだ。
「力を吸い込んでんだろう? なんで無になっちまうんだよ!?」
(そうか...!)
僕は、背筋が寒くなるのを感じた。
これは、いわば津波が来る直前の引き潮のようなものだった。
闇のクリスタルにあらゆるものが流入し、それが限界に達すると今度はすべてを吐きだそうとするだろう...。
全てを吐きだし、クリスタルは無になってしまうのだろう。
一瞬、空気の流れが止まった。
すると同時に、今度は闇のクリスタルは何かを放出し始めた...。
強風だった...。
風が、顔を、体全体を圧してくる...。
目を開けていられなくなる。
火の将王麗が、風の将ナンナンが必死に風圧に耐えているが、じりっじりっと押されている...。
四将のすべてが堪えきれずに後方へ吹き飛ばされる...!
「やっべぇ...、お、俺たちも...」
スティールのつぶやきが聞こえたかと思った時には、もう僕は吹き飛ばされていた。
大幕舎の床が、天井が、上へ下へと回転しながら流れてゆく...。
僕は、何か柱のようなものに叩きつけられ、そのまま意識が遠のくのがわかった。
***
「クレアッ!!」
サンディの叫び声で意識が戻った...。
(行か...なくちゃ)
頭がふらつき、右足の踵に激痛が走ったけれど、それでも僕は走った。
クレアがいるのは...サンディの背を追って行けば間違いなかった。
サンディの背中...、その前にスティールの後ろ姿...。
2人とも必死に走っている。
あれほど吹き荒れていた風が、ピタリと止んでいる。
スティールが走りながら姿勢を沈ませる...。
(あれは...、クレア...?)
宙に両手を掲げたクレアが、ゆっくりと後方へと倒れ込む...。
滑りこんだスティールが、クレアが床に激突するのは防いだようだったが、クレアはぴくりとも動かない...。
「クレア、クレアッ!!」
「くそっ、くそ~~~~っ!!」
「おいっ、ルミナっ...!! クレアが、クレアが...!!」
僕たちは、ただただ立ち尽くし、クレアの名を呼ぶしかできなかった...。
***
闇のクリスタルの大放出によって、僕たちが吹き飛ばされた後、クレアは古の大錬金術師の啓示を受けたのだという...。
古の大錬金術師は、無のクリスタルが誕生しようとしているのを察知して、この啓示が発動するようにしていたらしい。
古の大錬金術師は、クレアのルーツについて語りだした。
クレアは、本来ヴェルメリオの者ではなかった。
とある滅びゆく世界...。
その星を去った男と、星に残った女...。
愛する者の子を宿していたその女は、自身の死の間際、お腹の子に対して秘術を使った。
その秘術...光の球によって、クレアはヴェルメリオへ...クレアの母親に胎内へとやってきたのだという。
クレアには、愛する人々との別れを止めたいという、女の願いが込められていた。
無のクリスタルの誕生によって、この世界は滅びようとしている今、クレアはそれを防ぐことができる存在であると古の大錬金術師は言った。
クレアの体内にある『賢者の意思』とつい先ごろ手に入れた『騒乱の種』を錬成し、元の『カウラの思念』に戻し、無のクリスタルになろうとしている闇のクリスタルに錬成すること...。
そしてそれは、クレアの死をも意味していた...。
クレアは、ルミナに時を止めさせた。
僕たちが出会った時、あの落盤を止めた力を使って時を稼いだ。
そして、『賢者の意思』と『騒乱の種』を錬成して『カウラの思念』を作り出し、闇のクリスタルへと錬成した。
クレアは、僕たちやデバコフ教授に感謝しながら力尽きたのだという...。
***
泣き叫び、ただただ狼狽え、喚き散らすことしかできない僕たちだった。
ルミナは押し黙って何かをブツブツ言っているようだった。
「私は、古の大錬金術師様が遣わした...、錬金の妖精...ルミナ」
「古の大錬金術師様の啓示を履行する案内人...そして、執行者...」
「そう...、我はルミナ...。執行者ルミナ...!!」
ランタンがまばゆい光を発し、カーンさんに直してもらったというガラスが粉々に弾け飛んだ...!!
光が収まると、そこにはランタンから出て宙に浮かぶルミナがいた。
頭部には光の輪が浮かび、羽の8つの紋章からも光が噴き出している...。
神々しい...いや、どことなく厳格な、冷たい感じがした。
「我はルミナ...!!」
「啓示を受けし光の戦士の案内役、そして、不測の事態に戦士たちの暴走を止める執行者なり...!!」
この状況で、ルミナの姿が変わったことなど僕たちには何の意味もなかった。むしろ、落ち着き払ったその物言いに無性に腹が立っていた。
「どうしてクレアを止められなかった...!」
スティールの嘆きにも、執行者ルミナは非情だった。
「我は、この荒廃した世界にクリスタルを誕生させる母でもあるのだ...」
「クリスタルの命を救おうとしたクレアの行為を、止められるわけがなかろう...?」
嚇怒したサンディが大剣を構えたが、ルミナは動じない。
むしろ、さっきから泣きじゃくっているスティールの姿を直視できないでいるようだった。
「...私は、不測の事態に戦士たちの暴走を止める執行者なのよ...」
ふと、ルミナの口調が変わった...。
「執行者ルミナ、役目によってこの者たちの暴走を止める...!!」
容姿こそ執行者のものなのだろうが、口調は以前のルミナに戻っている...。
「この御子を、クレアに同化させることによって...」
僕たちが呆気にとられていると、ルミナはクリスタルの御子を愛おしげに抱き、
「愛しい我が子よ...、今からそなたはクレアと共に生き、世界を照らすのです」
そう言って、一筋の涙をこぼした。
「さあ、そなたを慈しみの心で育んでくれた、クレアの元へ...」
ルミナが宙にかかげると、御子はそのままゆっくりと上昇し、やわらかな光を放ちながらクレアの体内へと入っていった。
クレアが、目を覚ました...。
それと同時に、ルミナの執行者としての姿も元に戻った。
口々に大丈夫かと問う僕たちに、我が級長が放ったのはこんな言葉だった。
「お腹...減った...」
スティールの、サンディの、そして四将の...安堵の声が溢れた。
僕の視界も歪んでいた。
眼鏡を外してみても、その何が何だかわからない歪んだ視界はずっと続いていた。