BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS
REPORT錬⾦ゼミ活動レポート
[序章] 序-1
賢者の間
朝霧にかすむ西門が重々しい音とともに開かれると、旅人や交易商が静かに城外へと出発してゆく。
その中には、俺たちの予想通りひとり錬金のピラミッドへ向かおうとするクレアの姿があった。
俺もサンドラも、昨日クレアが軽石を3つ飛ばしで拾っていたのには気づいていて、それが地下神殿への再チャレンジする意思を示しているものだとは思っていた。
サンドラとルーファスを役人に届け出るのか? という俺の問いに、4人で調査に向かおうと言ったのは、この来訪者狩りともいえる状況が落ち着くまで2人の身を預かろうとしたもので、雇用されることによって自由が保証されるのであれば、自分の都合で2人を引きずり回すべきではない...真面目な学生が考えるのはそんなところだろう。
ピラミッドの調査は私が依頼されたのだから...。
そんな苦しい言い訳は、待ち伏せしていた俺たちに通じるわけもなく、観念したクレアは少しだけバツ悪そうにして歩みを始め、俺たちはそれに続いた。
***
俺が手配した安宿にうんざりしていたルーファスが、やたらと肌つやがよく元気な足取りをしている。
何があったのか尋ねてみると、最初は何か変な匂いがする狭い部屋を案内され、ルーファスも硬いベッドでなかなか眠れないでいたのだが、夜更け、客同士の言い争いから殴り合いの騒ぎに発展したのをサンドラが瞬く間に鎮圧して、宿の主人が2人を最上級の部屋に変えてくれたというのだ。
***
先行するクレアは、談笑しながら歩く俺たちに見向きもしないで歩き続けている。
しかし、聞き耳を立てているのは明白で、俺たちも少しだけ大げさに声を張って話すようにした。
***
俺たちは、前回よりもスムーズに撤退した地点に到達した。
クレアは、今回40個...前回の倍の軽石を持ってきたという。
いささか慎重過ぎないか? とも思ったが、構わず各人の役割を確認する。
まず俺が先頭に立ち、周囲を見回しながら歩く。
サンドラ...「サンディでいいよ」と本人の言を容れて今後はサンディと呼ぶことにする...は、しんがりで背後からの襲撃に備える。
クレアは、この隊の中心であり、且つ、貴重な回復役でもあるので中心に...。
ルーファスの魔法も、大勢の魔物を倒すのには欠かせないので同じく隊の中心を
体力温存しながら神殿の奥へと向かうことにした。
***
クレアは、30歩ほどで軽石を置く。
ルーファスなどはもっと距離を置くなり、例えば曲がり角のような場所だけに置くようにすれば数を稼げるのでは? などと提案していたが、未知の遺跡では何が起きるかわからない。
床が崩れることなどしょっちゅうなのだ。
クレアは、時折うずくまり、遺跡の様式や年代を確かめている。
今いる階層は、錬金のピラミッド内部と比べて1000年から2000年ほど古い時代の遺跡であるという。
誤差だけで1000年もの開き...ルーファスはそのスケールの大きさに感嘆の声を上げていたが、要は、その1000年の間を刻めるほどの物証がみつからないだけの話で、俺にとっても盗掘品の鑑定でよくある話だったので大して気にはならなかった。
***
サンディが周囲を見渡している。
魔物の気配は、特に感じない。
「いや、なんだか急に土の匂いがしてねぇ...」
土の匂い...急に...?
!!
俺は、背筋が凍るような、毛が逆立つような感覚に囚われながら、腰のロープに手をやった。
「新しい土の匂いさ...」
サンディがそう言い終わった時、辺りが震えだし、いくつもの石柱が地に沈んでゆくのが見えた。
「落盤だっ!!」
「クレア、掴まれっ!!」
俺はクレアの腕を取り、ベルトに掴まらせた。
「ルーファス、離すんじゃないよっ!!」
...俺たち4人は、大量の瓦礫とともに地中に引きずりこまれていった...。
***
落盤に巻き込まれていない石柱に結んでおいたロープのおかげで、下層の床に激突するのだけは免れることができた。
2人分の体重がかかって抜けかけた右肩を入れ直し、俺は天井を見つめた。
俺たちがいた周辺、半径20歩ほどの床が抜け落ちて、3階層ほど吹き抜けになっている。
サンディは、ルーファスにしがみつかせた状態で、壁に大剣を突き立てて床への激突を回避したらしい。
4人とも、よくも無事で済んだものだ...サンディもルーファスも天井を眺めては、大きく息をついた。
***
俺たちが崩落した天井を眺める中、ひとりだけ暗闇の中を見つめていたクレアがつぶやく。
「...呼んでる」
突然何を言い出したのか...図りかねた俺たちが目くばせしていると、クレアは暗闇の中に駆け出してゆく...。
俺たちは、クレアの後を追った。
***
そこは、ひと際大きな広間だった。
天井などは、高すぎてよく見えない。
この広間もまた、これまでの層とは違う様式の遺跡らしく、床には魔法陣、玉座上部の壁には、何かを巨大な力で引き剥がしたような痕がある。
何か光るものを見たクレアが玉座に駆け寄ると、そこには古ぼけたランタンがあった。
盗掘者の忘れ物か何かか...俺の予想にクレアが首を振る。
ランタンの底にある紋様が、この広間の石柱にもあるらしい。
つまり、この広間と同時代の遺物ということになる。
この遺跡は、いったい...クレアのつぶやきに応えるように不思議な声が響き渡った。
「...ここは、賢者の間...」
それは、耳というよりも脳みそに直に語り掛けてくるような声だった。
「だ、誰だ...! 出て来やがれ!」
俺の声がむなしく広間に反響するも、声の主の返答はない...。
突然、視界が暗くなったかと思いきや、辺りが異様な情景に変わる。
足元は、分厚い氷で、周囲は緑がかった炎が揺らめいている。
炎の向こうはまるで夜空のような暗闇なのだが、そこに巨大が何かが浮遊している。
幻覚...この広間に仕掛けられた罠だったのか...。
俺の思考を読んだサンディが、かぶりを振ってそれを否定する。
どうやらサンディにも同じ景色が見えているらしい。
不思議な声がなおも語り掛けてくる...。
「ここは、あなたたちにとっての遠い過去。
そして、あなたたちが出会わなかった世界の遠い未来...」
学のねぇ俺からすると、ずいぶん勿体ぶった語り口ではあったが、要は、それぞれ違う世界から集った俺たち4人で、これから8つの世界へ向かい、8つの希望を手にいれてこいということ...そうすれば、世界の災いが消え去るだろう。時空を超えて『この子』を遣わすから、その導きに応えてこの子の羽に希望の光を灯してほしい...的なことを言っていたらしい(後でルーファスに添削してもらった)。
軽いめまいとともに、元の広間の情景に戻った。
4人で確認し合ったが、4人ともまったく同じ情景を見、まったく同じ声を聞いており、幻覚の類ではなさそうだった。
ふいに視界が揺れ、体がよろける。
地鳴りのような、遠くで何かが崩れるような音が聞こえてくる。
さっきの落盤に比べても規模が大きそうだ。
俺たちは、地下神殿を脱出することにし、クレアはランタンをカバンの金具にかけた。
広間の入り口から、魔物の群れがなだれ込んでくる。
小さな瓦礫が天井から落ちてきて魔物はどれもパニックを起こしている。
戦うしかなかった...。
***
降り注ぐ瓦礫がどんどん大きくなっている。
床は揺れ、姿勢を維持できない。
周囲に落下する瓦礫が、身の丈をゆうに超え始めている。
くそっ...! だ、ダメだ...
ふいに周囲の音が消えた。
暖かい緑色の光に包まれている。
...俺は、死んだのか...?
サンディがつぶやく。
「瓦礫が...、止まっている...?」
見れば、降りしきる大小の瓦礫が、宙空でピタリと止まっている。
ルーファスなどは、止まった瓦礫を指で衝いて確かめている。
瞑目するクレアが宙に浮き、緑色の光を発している...俺は、思わず叫んだ。
「す、凄ぇ...! これが錬金の力だってのか!」
「違うわよ!」
間髪入れずに、クレアの方から聞こえる誰かに否定される。
「これは私の力!」
いや、だからクレアの錬金の力ってことじゃないのか?
よくわからないまま謎の声に促されるように俺たちは脱出にかかった。
宙空から徐々に下りてくるクレアをサンディがかつぎ、落盤で落ちてきた場所まで走る。垂れているロープを登ったとしても途中までしか行けない...。
焦る俺たちに謎の声が語りかける。
「こっちに階段があるわ...!」
促されるまま、俺たちは階段の方へと走る。
俺たち4人が走るそのすぐ後ろへは、謎の力の影響から離れた大小の瓦礫が落下して床に突き刺さる。
後方から押し寄せる砂煙に包まれながら、俺たちはただひたすら階段を駆け上がった。
***
命からがら地上へ這い出た俺たちは、意識がないクレアを担いでブラスの街へ急行した。振り返ると、地響きとともに後方の神殿入口がある竪穴から赤い砂煙が舞い上がるのが見えた...。
***
街へ着くと、下役人を掴まえて医者を呼ぶように指示し、クレアを自室へと運び込む。
『錬金工房』と呼ばれる建物の2階がクレアの自室で、入口のドアに鍵がかかっていたが、七つ道具を使うまでもなく難なく解錠できた。
女の子らしい部屋、サンディが舟形のベッドにクレアを横たわらせた頃、下役人に連れられた医者が部屋にやってきた。
俺とルーファスは部屋から出て、簡単に何が起きたのかを下役人に説明すると、サンディとルーファスが来訪者であることを察した下役人は、街の顔役でもあるデバコフ教授に相談することを勧めてきた。
俺は、デバコフ教授に会いに学搭へと向かい、この教授との会談で、俺とサンディ、ルーファスは錬金ゼミに入れてもらい、この街での身分が保証されることになる。
***
医者によれば、クレアが意識を失ったのは極度の疲労が原因だという。
それにしても、疲労で3日も眠り続けるなどということがあるのだろうか...。
錬金工房の2階のクレアの自室を訪ねてみると、中から人の気配があった。
ノックして扉を開けるとクレアがこちらを見ている。
「おお、やっと目覚めたみたいだな...」
自分が破顔しているのがよくわかり、照れ臭くなってつい視線を外す。
北窓の小さな部屋...。
やたらと小箱や小物が多い。
戸口に背の低い台があり、その背にはまるで薬棚のように小物を入れる引き出しがたくさんある。
見れば、例の光る軽石もある。
どうやらこの台にカバンを置いて、小物を補充するらしい。
クレアが、ベッド脇の柱にかけられている、あの賢者の間から持ってきたランタンに気づく。
何かを思い出したか? ...俺の問いに返ってきたのは、クレアの腹が鳴る音と「お腹が減りました...」という小さな声だった。
3日も眠っていたんじゃ、腹も減って当たり前というもの...。
俺が、朝飯に誘うと「まだ学食は開いていません」と素っ頓狂な答えが返ってくる。
(あんな不味いもんしか食わせない学食と一緒にすんなよ)
俺は、ちょうどこの時間に朝一のパンが焼きあがる屋台に目星をつけ、クレアを部屋の外に連れ出した。
***
クレアは、例のランタンを金具に引っかけた、あの大きなカバンを肩にかけている。
3日も寝ていたというのに、フラフラしないのか? と尋ねると、このカバンがないとかえって重心が保てないのだという。
通りの向うで、嬉しそうな2人が手を振っている。
サンディとルーファスだ。
2人に気づいたクレアもまた破顔して歩み寄るも、どうやってあの落盤から無事に帰ってこれたのか、まったく思い出せていないようだった。
霊力を使って、降り注ぐ瓦礫を宙空に停止させ、その隙に4人は脱出することができた...。
ルーファスの説明にもピンときていないクレアに俺は、さっきのランタンを覗き込むよう言った。
怪訝そうな顔をしたクレアが覗き込むも、ランタンはうんともすんともいわない。
どういうこと? 眉をひそめたクレアに凝視された俺の言葉は、自然と荒くなる。
「てめ~、いつまで狸寝入りしてんだよ!」
乱暴にランタンを揺すると、小さな悲鳴とともにそれまでただの蝋燭しかなかったランタンの中に、小さな妖精が姿を現した。
「ランタンの中に...、小さな人...!? は、羽が...!」
俺たちとまったく同じ反応をするクレア。俺はランタンの主に自己紹介するよう促した。
「私は、古の大錬金術師が遣わした錬金の妖精ルミナ」
「あなたたちが古の大錬金術師様から受けた啓示を履行するための案内人。そして執行者...」
ルミナが語る内容は、俺たちが賢者の間で目の当たりにした不思議な空間で、謎の声の主に聞かされたものとほとんど同じだった。
「大錬金術師って、あの...?」
俺やサンディがルミナから何度聞かされてもちんぷんかんぷんだった(ルーファスは、端からルミナは錬金術師のクレアが錬金の技で生み出したカラクリ人形だと信じて疑わず、ルミナの言葉に聞く耳をもっていなかった)内容の一部をクレアは知っているというのか...。
要するに、ルミナがなけなしの霊力を使ってクレアの身体を操り、クレアが持つ霊力の増幅をもってあの瓦礫を宙に制止させる術を放ち、そのせいでクレアの体力が消耗して意識を失った...ということらしいのだが、実際にそのおかげで命拾いをしたという現実以外、にわかには信じられない説明だった。
おまけに何千年もランタンに閉じ込められていたというルミナは、
あの地下神殿最奥の広間を『賢者の間』と呼ぶことにしたこと。
あの落盤騒ぎで地下神殿入口が瓦礫で埋まってしまったが、すでに復旧作業が始まっていることなどを説明してやると、クレアの腹がまた鳴った。
俺たちは、みんなで角のパン屋へと向かうことにした。