BRAVELY DEFAULT BRILLIANT LIGHTS

REPORT錬⾦ゼミ活動レポート

[序章] 序-2

錬金学

担当:クレア

スティールさんからこの帳面を渡されたときは教授の意図を図りかねていたけれど、「ここに書かれた内容をみて、俺たちの人となりを見ようとしているんじゃねぇか?」というスティールさんの言葉に少なからず納得がいったので私もこの『錬金ゼミ活動レポート』の執筆に協力することにした。
出会ったばかりの私を、あんなに親身になって守り通してくれた3人の人となり...私もとても興味があるので...。

  ***

人々が朝の準備に忙しそうにしている中、いつものように広場の隅に座り込んだ近所のおじいさんが、誰に語るでもなくこの国に伝わる古い言い伝えの一節をつぶやいていた。

はるか古代――

大地に降り注いだ『巨人の矢』が、
人の...うたかたの繁栄の終わりを告げた...

大地は揺れ、海は濁り、風は淀み、山は火を噴き...
滅びの足音が、人々に恐怖をまき散らした

渋面の王がため息をつく玉座を前に、
数百名もの学者とともに招聘された、
ひとりの錬金術師が高らかに提言した

「錬金の力をもって、
 万物の祖、『クリスタル』を創造するのです!」

大錬金術師の提言で、
世界中の錬金術師が王都に集い
万物の祖『クリスタル』の創造が始まった

彼らの研究施設として巨大なピラミッドが建てられ、
いつしかそこは『錬金の都』と呼ばれるようになる

数十年の月日が流れ、世界の荒廃は止まった...

...かのように見えた...

ある日を境に、クリスタル創造の火は消えてしまう...

大錬金術師が出現してから、
5000年の月日が過ぎた頃...

血砂の大地を抱く『クランブルス王国』は、
遥か東方からやってきた『戦闘民族国家ザレル』の
猛攻に晒された...!

西方諸国を巻き込んだ大きな戦が3度ほど続き
ザレルの侵攻は止まったものの、

クランブルス王国は、国土の東半分を失い、
流された人々の血によって、血砂は赤く赤く...
まるで大きな染みのように広がり続けるのであった...

  ***

スティールさんから手渡された焼きたてのパンを一口食べた私は、思わず目を見開いてしまっていたと思う。
正直、私が今まで食べたパンの中で一番美味しかった。

スティールさんによると、あのパン屋の味を覚えると学食なんて通えなくなるらしい。
毎日学食で昼食を済ませていた私にとっては少し複雑な気分だった。
(確かに...)とそう思えてしまった分、複雑さはひとしおだった...。

サンディさんもルーファスさんもみなパンを口にしては驚きの声をあげる。
みんなが口々にパンをほめるのがよほどうれしいのか、スティールさんの舌は軽やかだった。
あの店で美味しいのは焼きたてのパンだけで、スープは別の店の携帯缶に入れてくれるものが美味しいらしい。
携帯缶とは、金属製のボトルにスープを入れて、労働者たちがそれを腰に下げて発掘現場に赴くものらしい。昼時になってそのまま冷めたスープを飲むもよし、焚火にくべて温めてから飲んでもよし。夕方、仕事場からの帰りに空いた携帯缶を店に返すシステムだという。
錬金工房と自室、ゼミと学食、そして錬金のピラミッドの往復しかしない私には、知りようのない知識に思わず感心させられる。

ルミナもパンを食べたいと騒ぎ出した。
ランタンに閉じ込められているのにどうやって...皆の疑問にルミナは、ランタンの底に煤取り用の穴があるという。
たしかにスライド式の煤取り穴があるにはあったが、長年動かしていなかったらしくすっかり錆びついてしまっている。
ランタンの底に刻まれた刻印は、どこかで見たことのある形をしていた。

カバンの中から錆取り油を取り出しで煤取り穴のスライドを動くようにして、次いで、同じくカバンから取り出した箸という異国の商人からもらった2本の木の棒を使って、ルミナにパンの欠片を手渡す。

「あら、美味しっ...」
少し冷めてしまったパンの欠片だったが、ルミナが思わず声をあげ、スティールさんは照れ隠しでルミナを食い気味にからかい、ルミナが全力で応える...。

ほめられた照れとほめてしまった照れの応酬...。
引っ込みがつかない2人の言い争いがどんどんエスカレートする中、食べ終わった紙包みを丸めながら、サンディさんが近づいてきて言った。

「クレア、学塔を案内してほしいんだけど...」
いつのまにか、ルーファスさんもそばにいる。

2人は、教授に礼を言いたいらしい。

光の球でこの世界にやってきた『来訪者』である2人...。
役人が決めた来訪者の押し込め策を、教授の提案で雇用制にして往来の自由を与えて緩和したとはいえ、2人も本来ならば役人に届け出て、ブラス市民の誰かに雇われなければいけなかったところを、2人まとめて錬金ゼミの生徒として身分を保証するという教授の計らいで、こうしてみんなで笑いあっていられる。

錬金ゼミに、スティールさん、サンディさん、ルーファスさん...いきなり3人の(しかも年上の)後輩が入ってきて多少戸惑いもしたけれど、いっしょに地下神殿を探索してみて、そしてこうしてパンの買い食いをして、なんとなくしっくりくる感じが心地よかった。
スティールさんが披露する、昔この街の危機を救ったことがあるという教授のエピソードに、2人の期待はますます膨らんでいる。

人物...かどうかは微妙であるところだが...。

私たちは、街の北側に建つ学搭へと向かった。

  ***

学搭というのは、主に私たち学生が使う通称でしかなく、実際には錬金の街ブラスの政庁や、衛兵の屯所がある塔になり、街の政の決定、街をあげての特別な催し物の登録などはすべてこの塔ですることになる。

学術的な施設としては、錬金学をはじめ、化学、文化人類学、考古学、歴史学、地学...と、様々なゼミが存在し...と説明していると、ルーファスさんが悔しさをにじませながらつぶやいた。

「...それなのに、なぜ魔法学がないのだ...」

  ***

学生や職員、双方が利用する購買と学食の側を通り抜け、大講堂を案内する。

「へぇ、立派な講堂だなおい」
普段、学搭の内部にはあまり足を運ばないというスティールさんが感嘆の声をあげる。

「錬金学ってのは、街の名前になるような有名な学問なんだろう? なんで俺たちが入る前、クレアひとりしか在籍していなかったんだ?」

3人にとってはほんの軽い疑問に過ぎなかったのかもしれないけれど、当事者の私にとって答えにくい問いに、少しだけ口ごもってしまった。

「街のみんなが想像するほど、錬金学は万能ではないし、簡単なものでもないんです」

口ごもった上にわかりにくい答えだったな~と思う...。
サンディさんが優し気な笑みでその真意を問うてくれる。

錬金学という失われた学問にクランブルスという国家が着目し、大々的な支援をした結果、かつては遺跡の街ブラスと呼ばれたこの街は、錬金の街ブラスと呼ばれるようになった。

当然、錬金ゼミは隆盛を誇り、私の先輩や同輩、後輩たちが数多く在籍していた。
しかし...みな錬金学に絶望して辞めていった...。

街の名を冠するゼミなのに、たった一人の生徒。
錬金ゼミにあてがわれた、この学搭で一番広い講堂...。
私が錬金のピラミッドに探索にでかける日など、この大講堂は他の勢いがあるゼミの間で取り合いになっているそうだ。

  ***

私が打ち明けた、あまり芳しいとはいえない錬金ゼミの状況に困惑する3人...。
そこに、少しだけ耳障りな...私にとっては聞きなれた甲高い声が講堂内に響き渡る。

「ここにいたのか...!」

  ***

「誰だ~? お前ぇ...。妙な恰好しやがって」

スティールさんは、この街では珍しい『新都』で流行りの服装に身を包み、『ゲレス』産のモノクルをかけている闖入者に凄んでみせる。

化学ゼミの級長をしている、イヴァールだった。

イヴァール・シンラ。
私と同じ22歳で、この街の生まれ。
先進の学問と自認する化学を志し、新都や機工都市ゲレスにかぶれている。

たったひとりだった錬金ゼミにいきなり3人もの生徒が加わったということで様子見にきたようだった。

イヴァールにデバコフ教授の所在を尋ねてみると、昨日崩落した地下神殿入口の復旧をするとかで、荒くれたちを率いてピラミッドへと向かっているとのことだった。

教授の留守に、少しだけ気抜けした私たちにイヴァールがかみつく...。

イヴァールが志す化学は、国の内外でも先進の学問と認められているにもかかわらず、この街ではまるで錬金学が神話かのごとく有難がられている。
街の顔役だか、21年前の英雄だか知らないが、デバコフ教授の怪しさったらないだろう。(それについては私もスティールさんも否定はしない)

イヴァールは、錬金ゼミの新しい生徒3人に向かって煽ってみせているようだったが、別に錬金学を志そうとしているわけではないスティールさん、サンディさんに響くわけもない中...イヴァールの意図とは違う形で反応を示したのはルーファスさんだった。

「ちなみに、魔法学は...? この国では、どんな序列にあたるんだい?」
ルーファスさんの豊かな髪がどこか逆立っているような...穏やかな問いではあったが、妖しい雰囲気を醸している。

「魔法学...? まほう...ま...まほ、ああ! あの魔法学か...!」
イヴァールは、しばし思案してようやく魔法学という存在を思い浮かべたようだったが、その様子を、魔法学を志すルーファスさんが快く思うはずがなかった。

「No~~~~~!! 魔法学が、比べるにも値しないだとぉ~!?」
(イヴァールもそこまでは言っていない...)

そこへ直れ! 面白い!
いかにもディベートが好きそうな2人が好敵手を見つけたとばかりにいきり立つ。

スティールさんとサンディさんの方に視線を向けると、2人は子ども同士のケンカでも眺めるような目でニヤニヤしていた。

私は、ひとりっきりだった以前にはついたことのない溜息が漏れるのがわかった。