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24.07.03

結合男子 -Fragments from Dusk-:断章-七- 浮石三宙の空言(2)

著者:麻日珱

前回「断章-七- 浮石三宙の空言(1)」はこちら

「──何でですか」

 新和十六年、秋。

 三宙は真っ直ぐに担任を睨んだ。三十歳前後の若い教師だ。優しさが売りのような青年は、困り果てたように眉を下げている。

「どうしてオレだけ因子検査を受けられないんですか」

 今日は学校に舎密防衛本部から職員が来て元素因子の有無を調べる簡易検査を行う日だ。三年に一度行われて、四年生以上の児童が対象となる。

 一週間ほど前に通達があり、今日という日を楽しみにしていた。志献官の適性検査は結倭ノ国の男子の義務であるが、学校で行う簡易検査は家庭の事情や親または本人の意志などで拒否できる。拒否の意思表示を見せない限りは、対象児童は全員受けることになっていた。

 三宙は今日のことを両親に告げていない。どうせいつかは受けるのだから報告は必要ないと思ったからだ。だから、三宙が拒否しなければ受けられる。

 そのはずだった。

 浮石君は教室で待機だよ、と担任に止められたのは、同級生の皆と共に移動しようと立ち上がった時だった。教室を出て行く同級生たちが不思議そうに三宙を振り返る。当然検査を受けられると思っていた三宙はその姿を呆然と見送った。

「ご両親のご意向で、受けないことになっているんだよ。聞いてないかな?」

「聞いてません」

 知らせていないはずなのにどうして知っているのか、というのは愚問だった。あの人たちのことだ。三宙から告げなくても情報くらい得ているだろう。それなのに、今朝は因子検査について何も言わず三宙を送り出したのだ。

 三宙はぎゅっと拳を握り締めた。

 もしかしたら因子があるかもしれないと、両親に検査があることを隠して浮かれていた三宙を、両親は愚かな夢を見ていると一笑に付していたのだろうか。

「そんなの納得できません」

「ご両親が検査を拒否したからにはね......」

 担任に抗議したところで無意味なことは分かっている。三宙はぎゅっと唇を噛んだ。そうやって、三宙の意見も聞かずに決めてしまうのだ。あの人たちは。

「今日は残念だけれど、ご両親とよく話し合うといいよ」

 いつかは受けなくちゃいけないんだし、と担任は言う。

 いつかとはいつだろう。言葉の端々に志献官への侮蔑が滲む両親が三宙に適性検査を受けさせるという想像ができない。

「......こう言ってはなんだけれど、因子がない可能性の方がずっと高いんだから、受けても受けなくても同じじゃないかな」

「全然違います」

 受けて因子がないと知ることと、受けられないのでは話が違う。担任はほとほと困ったというようにさらに眉を下げると、腰をかがめて三宙と視線を合わせた。大人のこういう顔が三宙は嫌いだった。まるで、大人を困らせる悪者にされている気がするからだ。

「またの機会があるさ」

 子供扱いするように頭に伸びてきた手を煩わしく振り払う。

「受けても受けなくても同じなら受けてもいいじゃないですか。オレが受けたいって言ってるのに」

「浮石君......困らせないでくれよ。ご両親の気持ちも考えて」

「......」

 これ以上担任に頼み込んでも埒が明かない。三宙は、真摯に向き合えば理解してくれると信じて疑わない彼に見切りを付けて、小さく頷いてみせた。

「分かってくれてありがとう。さあ、席に戻って」

「──先生。トイレ行って来てもいいですか」

「ん? ああ、でも......」

 担任の目が揺れる。三宙はいい子の振りをして笑った。

「因子検査してるとこには行きませんから。昼食べてからちょっとお腹調子悪くて」

「そうかい? じゃあ、先生もついていって──」

「やですよ。結構かかるかもだし。待ってられんの、プレッシャーっていうか。てか、オレのこと、信じてくれないんですか?」

「あー......うん。そうだね。体調が悪いようなら、早退してもいいからね」

「はーい」

 教室を出てトイレへ向かう。みんなが因子検査へ連れて行かれた方にあるのとは逆のトイレだ。振り返れば担任が顔を出して三宙がトイレに入るのを確認していた。それに手を振り返して、トイレに入ってゆっくり十秒数える。

「──」

 廊下にそっと顔を出してみる。廊下を覗いていた担任の姿はなく、三宙はするりと抜け出した。

 自分の教室の前は避けて、他学年の教室の前を走り抜ける。授業をしていた教師と目が合った気がしたが気にしない。

(確か、多目的教室って言ってた)

 息を切らしてたどり着く。教室の前には防衛本部の職員らしき女性が立っていた。

「ん? 君は?」

 職員は不思議そうに首をかしげる。三宙は誰も追ってきていないことを確認して、彼女を見上げた。

「オレも検査を──」

 その瞬間、教室の中からわぁっと声が上がる。何だろうかと思っていると、職員が安堵したように微笑んだ。

「どうやら、因子を持っている子がいたみたい」

 しばらくすると、ぞろぞろと学生たちが出てきた。三宙は端に避けて彼らを窺う。他の教室よりも広い多目的教室を使ったのは、学年単位で検査するためだったらしい。

「やっぱり源家だな」

 誰かの声に、三宙は弾かれるようにそちらを見た。朔が級友に褒めそやされて照れた顔を浮かべている。

「......朔」

 思わず名前が口をついてこぼれた。その小さな声が聞こえたかのように朔がこちらに気付く。喜びに満ちていた顔が三宙を見てしかめられた。

「三宙......」

「因子、あったのか」

「当然だろ。僕は源家の人間だ」

 ふん、と鼻を鳴らして去って行く。生徒たちもみんなが去って、三宙はぽつんと残された。

「もしかして、君も検査を受けるはずでした?」

 尋ねてきた職員にぎこちなく頷く。どうしても受けたいと思っていた気持ちは、すでに萎みかけていた。結局は、両親への反抗でしかないからだ。

「中へどうぞ。どこでも好きな場所に座ってください」

 ずらりと椅子が並んでいる。そこにひとりで座るのは心細かった。

「この子も検査を受けたいんですって」

「あら。気が変わったのかしらね。緊張しなくても大丈夫ですよ。少々お待ちくださいな」

 教室の中で片付けをしていた女性がにこりと微笑む。三宙は入り口にいた職員が出て行くのを見送りながらぽつりと呟いた。

「防衛本部には、女性もいるんですか?」

 志献官は男性しかなれないから、てっきり職員も皆男性なのだと思っていた。

「志献官にはなれませんが、職員にはいますよ。適性検査などは、万が一にでも検査に影響しないように因子を持つことのない女性が行うことになっているんです」

 そうなのか、と頷きながら、職員の持つ箱を注視する。あの箱が適性検査に必要なモノなのだろうか。

「それは?」

「こちらには複数の形代が入れられています。今からそれを放ち、因子を持っていれば形代が張り付くんです」

「それが、検査ですか?」

 思いも寄らない不思議な方法だ。怪訝に眉を寄せながら箱を見つめる三宙に職員は頷いた。

「それでは始めましょうか」

 そう言って彼女は三宙から十分に距離を取ると、箱の蓋をそっと開けた。その瞬間、大風の日の葉擦れのような音が聞こえたかと思うと、白いものが箱の中から飛び出してきた。職員が説明していた形代だ。それはあっという間に天井を覆い、ぐるぐると回り始める。

 放つと言うから職員が投げるのだと思っていた三宙は、そのあまりの勢いに一歩後退った。

 これからどうすればいいのだろうか、と助けを求めるように職員に視線を向ければ、落ち着けと言わんばかりに手を上下させている。

 三宙はとりあえずその場に座った。飛び回る形代はただの怪奇現象に思える。ひとりで検査を受けに来るんじゃなかった、と後悔し始めた頃、ぐるぐると飛び回るだけだった形代がスイッと一枚下りて三宙の肩に止まるように張り付いた。

「え......?」

 他の形代が一斉に箱の中へ戻っていく。職員は三宙の肩に張り付いているそれ以外をしっかりと箱に収めると嬉しそうに笑った。

「この学年はすごいですね。検査に来てふたりも因子有りが出るのはとても珍しいことですよ」

 もうひとりは言わずもがな、朔だ。

「なら......オレも、志献官になれるんですか?」

「これは簡易検査なので防衛本部で正式な検査を受ける必要はありますが、間違うことは滅多にありませんので、適性があれば志献官になれますよ」

「......っ」

 三宙は肩についた形代をぎゅっと握った。掌が熱かった。胸の奥が熱くなる。こんなに感情を揺さぶられたのはいつぶりだろう。気を抜くと泣きそうだった。

「あのっ、これ、もらってっていいですか?」

「構いませんよ。ああ、でも、退出する前にお名前を──」

 バタバタと教室の外から聞こえた足音に三宙はハッとした。職員の制止の声を振り切って押し入ってくる。

「浮石君!」

 担任と校長だ。三宙は咄嗟に形代をポケットの中に突っ込んだ。

「トイレから戻ってこないと思ったら、こんな所に!」

 担任が血相を変えている。控える校長は顔色をなくしていた。

(なんでそんなに......)

 確かに浮石家は大きな存在だが、学校には関係ないじゃないか。戸惑う三宙のことなど一顧だにせず、大人たちが慌てている。

「これはどういうことだ!」

 校長は防衛本部の職員を睨みつけて声を荒らげる。職員は目を丸くしていた。

「受けてません!」

 三宙は咄嗟に叫んだ。

「受ける前に先生たちが来たから、まだ受けてません。そうですよね?」

「......本当かね?」

 じろりと校長が防衛本部の職員を睨む。彼女は戸惑った様子で三宙を見た。

(お願い。言わないで......)

 そう願いながら見つめていれば、彼女は頷くとも、横に振るとも取れるくらいの曖昧さで首を動かす。

「そうか......ならいい」

 ホッと校長と担任が息をついた。担任は、来なさい、といつもの温厚さとは裏腹の強い力で三宙の手を引っ張っていく。

「......」

 三宙は防衛本部の職員を振り返った。戸惑ったようによりそう彼女たちに影響がなければいいと思いながら、三宙は諦めたように目を伏せた。

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