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24.10.16

結合男子 -Fragments from Dusk-:断章-十一- 清硫十六夜の濁流(6)

※こちらは、10月20日(日) 0:00にて一部表現を修正した改訂版となります。

著者:麻日珱

前回「断章-十一- 清硫十六夜の濁流(5)」はこちら

 青髯が志献官を作る実験に成功しつつある、という報告を十六夜が受けたのは、新和十六年の夏が過ぎた頃のことだった。

 侵食領域に放り込んできた一那を回収し、防衛本部へと連れてきてからおよそ一年の間、一那は箍(たが)が外れたように破壊衝動に突き動かされていた。裏の任務に連れて行ったのは、その破壊衝動を利用できないかと考えた結果だ。上手い具合に填まってくれた。子供を血に染めたことへの良心の呵責(かしゃく)はなかった。その手は十六夜が染めるまでもなく、とっくに人の血に染まっていたのだから。

 だがあるとき不意に、オレは怪物だからと、酷く凪いだ目で言った少年に喉が締まるような思いがしたのは誤算だった。まだそんな風に感じるような感情が自分に残っていたとはお笑いぐさだ。

 そんな風に一年間、散々破壊衝動のままに連れ回したおかげか、発作が起こる頻度は減ってきた。

 如月人工島で起こった機密情報の盗難事件を追っていく過程で、青髯の存在が浮上したとの報せが入ったのはその頃だ。

 如月人工島であった機密情報の盗難事件は、その後間もなくして起こった人工島での燈京湾防衛戦により、一時調査が中断されていた。その後、調査が再開されてからは、十六夜が一那に掛かりきりで事件をなおざりにしてしまっていた。正直、情報筋からの報告が上がってくるまで忘れていたほどだ。

(青髯が噛んでるのか......)

 裏付けはまだ取れていないようだが、もしも盗難事件の黒幕が青髯であったとしても驚きはない。

 青髯は、旧世界の新宿を根城にしている富豪だ。ウツロ街、というどこにも属せない人々が流れ着く無法地帯の顔役で、様々な悪事に関わっている。人身売買にも関わり、特にあちこちから孤児を買っている件に関しても承知していた。

 そして、現在は特に因子を持っている子供を買いあさっている、と。ならば、青髯が機密を入手し、子供を利用して志献官を作ろうとしているのだと想像するのは容易い。

「それにしても......」

 十六夜は報告書に目を通し、呆れた。

 青髯の元に集められた子供は、因子があると判明しているにもかかわらず、防衛本部に検査記録がない。防衛本部が関与しない検査を受けた子供ということだ。

 つまり、何者かが不正に防衛本部の検査道具を利用したか、あるいは盗んだ機密を研究し尽くして検査出来るような仕組みを作り出した可能性があるということだ。

「また面倒な......」

 十六夜は溜め息を付いた。防衛本部の志献官や職員も人間だ。不正に手を染める者がいたところでおかしくはない。それを調べ上げて処理するのも自分の仕事かと思うと、裏切りへの憤りよりも煩わしさが勝つ。

 人身売買に関しては、防衛本部の裏組織としても目をつむってきた部分がある。むしろ、人身売買組織と手を組んで結倭ノ国の目が届かない場所にいる子供たちを集めさせているくらいだ。表立っては孤児院の支援も同様の人員確保の手段だった。しかし、孤児院の子供であれば、ある程度の年齢に達すれば検査を受けることになる。そこで志献官の適性が認められれば、防衛本部で保護される。その子供までもが青髯へと流れているのならば、看過できる問題ではない。

(だが──)

 十六夜は軽く顎をさすりつつ、目を細めた。あらゆる打算が脳裏に渦巻く。

(もう少し様子を見ておくか......)

 子供たちを利用した志献官作りの実験も、兆しがある、というだけで実際に成功したわけではない。

 防衛本部では取りこぼしてしまう因子持ちの子供を裏の世界で張った網で掬い上げているならば、ある程度子供たちが集められたところで青髯を始末したほうが効率的だ。

 成功する可能性は限りなく低い。因子を持つ人間の絶対数が少ないのだ。実験を続けても子供たちを使い潰すだけだと分かれば、継続は難しくなるだろう。そのときになって青髯の元へ集まっている、あるいはこれから青髯に子供たちを献上しようという輩から、因子持ちの子供をまとめて保護すればいい。

 その間、実験台になる子供は可哀想だが、運が悪かったと諦めてもらうほかない。

(多少の犠牲はつきものだ──)

 いつだって、何だって。

 しかし、事は十六夜が思っていた以上に深刻な方向へと進んでいた。

「実験が成功してた?」

 その報告を受けたのは、さらに一年後の新和十七年の夏。新宿でのフォーマルハウトの討伐が決定した頃のことだった。

 報告では、もう半年以上も前に志献官もどきが作られ、新宿にあるウツロ街から侵食領域に侵入して訓練しているという。報告が遅れたのは、この実験が極秘裏に進められていたことに加え、孤児集めが終了したため青髯が志献官作りを諦めたと思われていたからだ。

 十六夜は、成功例とされる子供たちの情報を険しい顔で見下ろした。

 志献官もどき──青髯は元素使いと呼んでいるらしい──の話が本当だとしたら、志献官という制度を壊しかねない問題だ。

(甘く見すぎたか)

 機密を手にしても、実験が成功するはずがないと高をくくっていた。もしも可能ならば、防衛本部で成功していてもおかしくはなかったからだ。

 偶然の産物か──なんにせよ、その志献官使いがどれほどのものか確かめる必要がある。

 ちょうど今度の作戦で十六夜は後方待機を命じられている。空木と、有生陸稀純弐位とともに、あらゆる異変に対応する後方部隊だ。

 作戦当日、十六夜は、これ幸いと周囲の見回りを買って出た。もちろん、任務にかこつけて青髯の屋敷へ行くためだ。青髯はおそらくとうに逃げているから身柄の確保は難しいだろうが、せめて不正の証拠を握りたい。

 青髯は慈善活動に励む実業家という表の顔を持っている。これが非常に厄介で、この表の顔のせいで上層部は青髯に手を出すことを良しとしなかった。青髯を泳がせようと様子見を決め込んだのもそのせいだ。

 それが、完全に裏目に出た。

(いっそ、屋敷にいてくれたらどさくさ紛れに殺れるんだけどな──)

 元素結界の外で志献官たちが死闘を繰り広げる中、十六夜は青髯邸へと忍び込んだ。

 そんなときだ。荒廃した世界には鮮やかすぎる色を見つけたのは。

 脇目も振らずに青髯邸の廊下を駆けていく少年の若草色の髪を見た瞬間、遠い記憶が無理やり引きずり出されるような感覚に鳥肌が立った。

『おちびさんじゃない』

 あめ玉のような、丸くて幼い声が耳の奥でこだまする。

「どうして、こんなところに......」

 本当にあの幼子だろうか。確証はなかったが、十六夜は気づけばそのあとを追っていた。

 一度だけ、十六夜はあの幼子のいる孤児院の近くまで行ったことがある。もう、何年も前の話だ。

 あの頃は、裏の任務がとにかく過酷で、さすがの十六夜も参ってしまうほどだった。朝方ようやくけりがつき、血の臭いを浄化するような眩しい朝日の中で見た新緑に、いつか見た幼子を思い出した。たった、それだけだ。

 何をするつもりもなかった。ただ、確かめたかった。

 たったひとりの子供に同情し、命令に反して混の志献官を見逃した自分の選択が間違っていないことを確かめたかったのだ。

 孤児院の場所はかつて訪ねた家とは違っていたが、記憶の片隅に残っていた情報を頼りに近くまでは行けた。けれど、細かい場所までは分からず立ち尽くし、バカなことをしていると苦笑交じりに帰ろうとしたところで、十六夜はあの子供を見つけた。

 話しかけるつもりはなかった。きっと覚えてもいないだろう。六つか七つになった少年は、さらに小さな子供の手を引いて元気に歩いていた。その顔に憂いはなく、悲しみもなく、朗らかな笑みが浮かんでいた。

(──よかった)

 十六夜は、深く安堵した。

 ろくでもない残酷なこの世界でも、あの子の日常は平和で、どれだけ自分の手が血で汚れようとも、十六夜はあの子の生きる世界を守れているのだと実感できたから。

 だから、裏の任務だって続けてこられた。必要悪だと、意味がある行為だと。この薄汚い両手が、綺麗な世界を作り上げていくのだと。

 なのに──どうしてあの子がここにいる?

「藍参!」

 青髯の屋敷で少年が辿り着いた小部屋には、絶望が待っていた。

(ああ......)

 なんて悲痛な叫びだろうか。

 藍参──十六夜はその名前を知っている。身を寄せていた孤児院の院長が病没し、悪党に乗っ取られた後で検査を受けさせられ、因子持ちだと発覚し、青髯に買われた少年だった。先日受けた報告書で、実験の成功例として名を連ねていた少年だった。

 藍参が身を寄せていた孤児院というのが、あの子のいた孤児院だったのだろう。

 ぐらぐらと視界が揺れる。

 あのとき、報告を見てなんと思った?

 時代が悪い、運が悪い──そんな風に、思ってはいなかったか。

 もしも......もしももっとちゃんと報告書に目を通していたのなら──。

「っ、大丈夫だ。大丈夫。近くに志献官がいるはずだから、保護してもらおう」

 中から聞こえてくる泣きそうな声に、心臓がぎくりと跳ねた。

 もしもなんて、そんなものはない。

 あるのはただ、現実だけだ。

 少年たちが出てくる気配に咄嗟に身を隠す。飛び出してきた少年が背負っていたのは、身体が金属に侵された子供だった。白銀の色が、鈍い光の軌跡を十六夜の眼(まなこ)に残す。

 半ば人でなくなった"それ"を背負う少年の横顔は、悲しみと怒りに燃えていた。

「......」

 足音が遠ざかっていく。けれど、十六夜はすぐには追えなかった。

 長く感じていなかった恐怖が込み上げる。

「どうして......」

 報いだ、と、遠くで誰かが嘲笑った。

 首の折れた同期の姿で、呪うように嗤っていた。

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